【連載 紙歴書―わたしの来た道―】老川祥一⑨最終回 むしろ危険な〝一人勝ち〟状態これからの新聞編
私が入社した1964年と、今の記者が置かれている環境は、まったく別物だと言っていい。われわれの頃は、メモ帳すら満足に支…続き
私が入社した1964年と、今の記者が置かれている環境は、まったく別物だと言っていい。われわれの頃は、メモ帳すら満足に支…続き
ワシントン支局での3年を終え、政治部の官邸サブキャップとして本社に戻った。1979年、40歳を目前にした頃だった。第1…続き
ロッキード事件の取材に追われるところから始まったワシントン支局での日々。その年の秋には、大統領選挙が行われた。フォード…続き
ロッキード事件は、証券取引の公正さを監視するSEC(米国証券取引委員会)が、脱税などの調査を進める過程で、ロッキード社…続き
1976年、アメリカ・ワシントン支局に赴任した。政治部歴6年、34歳での海外赴任だった。当時の読売新聞ワシントン支局は…続き
渡辺恒雄さんについても触れておきたい。私が盛岡支局ののち政治部に配属された当時、渡辺さんはワシントン支局長だった。その…続き
文化通信社創業80年企画として、長年、メディア業界で活躍され功績を残された方々に、生い立ちから思い出に残るお仕事、印象…続き