【連載 紙歴書―わたしの来た道―】東根千万億(あずまね・ちまお)①一大自然に触れた高校、大学時代
文化通信社創業80 年企画として、長年、メディア業界で活躍され功績を残された方々に、生い立ちから思い出に残る仕事、印象…続き
文化通信社創業80 年企画として、長年、メディア業界で活躍され功績を残された方々に、生い立ちから思い出に残る仕事、印象…続き
日本の出版コンテンツは、これまで中心だった東アジア地域に加え、北米など英語圏やヨーロッパでも翻訳出版が増えている。フラ…続き
私が入社した1964年と、今の記者が置かれている環境は、まったく別物だと言っていい。われわれの頃は、メモ帳すら満足に支…続き
あたらしく開店した独立書店において重要なのは宣伝である。現在で…続き
東京国際ブックフェア(TIBF)を著作権取引の場として育てるには業界環境の変化をじっくり待つほかなかった。ただ、出展営…続き
ワシントン支局での3年を終え、政治部の官邸サブキャップとして本社に戻った。1979年、40歳を目前にした頃だった。第1…続き
ロッキード事件の取材に追われるところから始まったワシントン支局での日々。その年の秋には、大統領選挙が行われた。フォード…続き
ロッキード事件は、証券取引の公正さを監視するSEC(米国証券取引委員会)が、脱税などの調査を進める過程で、ロッキード社…続き
1976年、アメリカ・ワシントン支局に赴任した。政治部歴6年、34歳での海外赴任だった。当時の読売新聞ワシントン支局は…続き
今回は著作権取引についての苦労と奮闘の話である。(そこでの七転八倒こそが、その後のダイナミズムを生むことになるのだが)…続き