【新春インタビュー】神戸新聞社・梶岡 修一 社長に聞く 新規ビジネス「生み出す」から「実らす」フェーズへ

2026年1月14日

 「阪神・淡路大震災30年報道」で2025年度新聞協会賞を受賞。近年でも「教員間暴力のスクープと神戸の教育を巡る一連の報道」(20年度)、「神戸連続児童殺傷事件の全記録廃棄スクープと一連の報道」(23年度)、写真連載企画「里へ 人と自然のものがたり」(24年度)と、地域社会に迫る報道で存在感を示す。さらに、古民家再生事業やSDGs製品を開発する「環(めぐる)プロジェクト」、兵庫の伝統・地産に特化したECサイトの開設など、新規事業も業界内外から注目されている。昨年、高梨柳太郎社長(現会長)からバトンを受け継いだ梶岡修一社長に、新規ビジネス、社会を揺るがした一昨年の兵庫県知事選問題についても地元メディアとしての考えを聞いた。【堀雅視】

 

 

社員の力を最大化

 

――社長就任の打診を受けられたとき、どのような心境でしたか。


 「大変なことになった」が当時の率直な気持ちです。周囲から祝福の言葉も掛けられましたが、決して右肩上がりとは言えないこの時代の中で、「果たして自分に務まるのか」「自分にできることは何か」と自問する日々が続きました。


――そこから、どのようにして気持ちを固められたのでしょうか。


 長年、経営企画や役員を経験していたので、会社を好転させたい思いはずっと持っていました。相当な覚悟が必要でしたが、自分の中で逃げる選択肢はありませんでした。私一人で大きなことはできませんが、神戸新聞社の社員一人一人が秘めている潜在的な力を最大化することこそが、この時代において私の果たすべき大切な役目であると考えています。

 

〝オモロイ会社〟づくり

 

――就任にあたり新たに掲げた方針はありますか。


 前社長とは経営陣の一員としてともに取り組み、二代前の高士(薫)社長とも私は経営企画局で一緒に事業を進めてきたので、急な方針転換は考えにくいです。しかし、時代の変化は非常に速く、就任後の数カ月だけでもそのスピードを実感しています。就任あいさつでは、ジャーナリズムを支えるために「稼ぐ力の強化」と「データ活用の徹底」を掲げました。


――詳しく教えてください。


 報道もビジネスもデータ活用が不可欠な時代で、データの収集や分析も昔より容易になっています。当社にも一定の顧客IDが蓄積されているので、読者や顧客のニーズを把握し、報道、事業に生かす。さらに、データを活用することで社会的弱者の声もしっかり拾い、暮らしやすい社会づくりに貢献できます。迎合するということではなく、「何が求められているのか」を知らないより、知っているほうが良いに決まっています。これらのためにデータを有効活用するという意味です。


――「稼ぐ力」については。


 攻めの経営姿勢を示します。重点事業には十分なリソースを配分し、同業他社や異業種との連携も進めます。そして、「オモロイ会社」を目指します。「オモロイ」は単に楽しいだけではなく、趣(おもむき)や魅力があり、社会から興味を抱かれるサービスやコンテンツを生む会社のことです。「オモロイ会社」を形づくることができれば自然と「稼ぐ力」に結びつくでしょう。

 

古民家をホテルに改装した「NIPPONIA 播磨福崎 蔵書の館」(兵庫県福崎町)

 

既存事業の成長に軸足

 

――古民家をホテルに再生や「環プロジェクト」など新規事業が注目されています。


 これらも業界内外の協力があって初めて可能となる取り組みです。今後も報道を支えるために、必要な事業に挑戦していきますが、過剰に新規事業を強調するつもりはありません。デジタル化やDX推進など、前々社長時代から多彩な事業の種まきがあり、私の代はそれらを「実らせる時期」に差し掛かっています。 


 各担当幹部にも「新規事業、新規事業」と食い散らかしてはいけないと伝えています。データにこだわり、当社と業界内外の強みを掛け合わせ、ビジネスとして成立する可能性があれば動きます。まずは既存事業の成長に力を注ぎます。


――具体的に形になってきた事業を教えてください。


 ほかの事業者と連携して関西を中心に商業施設、空港、大学、路線バスなど多方面にデジタルサイネージを設置し、広告放映やニュースコンテンツの挿入といったロール(番組)編成を担っています。琉球新報社や沖縄電力による国際通りの98台サイネージ設置にも後方的に関与しました。


――地方紙の枠を超えたスケールが大きな事業ですね。


 古民家宿泊施設「蔵書の館」や「環プロジェクト」、EC事業も〝紙に依存しない事業〟として重要性を増していくでしょう。ただし、現状を見ると、減少傾向とはいえ、紙の販売や紙面広告が収益の大部分を占めます。「紙」由来の業務が中心になる時間はまだまだ続きます。


 朝刊コラム「正平調」の裏話などを披露するイベントを実施したところ、コアな読者から多くの応募があり、あらためて紙は見やすく、良い商品だと認識しました。手に取ってもらうための工夫はまだ見出せるはずだと考えます。

 

第78新聞大会で新聞協会長から表彰される「阪神・淡路大震災30年報道」取材班代表者

 

存在感示す報道力を継承

 
――「阪神・淡路大震災30年報道」で新聞協会賞を受賞されました。


 評価いただいたことは素直にうれしいです。「30年限界説」と言われるように風化が進む中、震災後に入社、震災後に生まれた社員の割合が高くなってきました。社内でも次世代への継承作業を進めながら、被災者の声を集め、防災の課題を緻密に分析し、明らかにしました。大変だったのは、全国的な社会問題に発展した兵庫県政の事案時期と重なったことです。そんな中、編集局は両取材に懸命に取り組んでくれました。


――協会賞常連のイメージがあります。


 もちろん狙っているわけではありません。先輩記者から取材の姿勢やスキルがしっかり受け継がれているのでしょう。好ましくないことですが、兵庫県は10年に一度くらいのスパンで社会を揺るがす事件が発生します。その際に地元メディアとして存在感を示せている手応えはあります。


――どのような編集方針なのですか。


 紙齢4万号を迎えた2009年に報道理念として「もっと近く、もっと深く」を掲げました。これまで以上に地域に密着し、読者や地域社会との距離を縮め、生活者目線に立ち、社会的弱者の立場を忘れず、一緒に悩み、考え、解決策を探る姿勢を鮮明にしたキーワードです。阪神・淡路大震災以降、被災当事者の視点で報道してきた経験から打ち出した理念です。

 

 

 

兵庫を「ニュース沙漠」にさせない

 

――一昨年の兵庫県知事選についての感想をお願いします。


 「オールドメディアの敗北」と言われましたが、「勝った、負けた」の問題ではありません。われわれの報道姿勢が全て正しいとは言いませんが、大きく外れていたとも思いません。新聞社もデジタル時代に対応する動きを進めているので、ネット社会やSNS時代を否定するつもりはないです。


 ただ、この事案は内部告発から始まり、知事選まで一連の過程で、デマや誹謗中傷により人命を失うまでに事態は悪化しました。ファクトチェックの重要性をあらためて認識し、社会の情報リテラシー向上に新聞社としてもっと積極的にコミットする必要があると痛感しました。


――選挙報道が変化しますか。


 すでに候補者側の選挙活動や有権者の情報収集はネットの比重が大きくなっています。選挙報道は「平等を期す」を建前に、「沈黙」の部分が少なからずあり、デマ拡散の一因になったのならば反省点です。萎縮はしませんが、伝え方をバージョンアップしていく必要があります。


 海外ではネガティブなニュースを避けたがる傾向にあると聞きます。好む情報ばかりに触れていると国力にも影響するでしょう。選挙報道にかぎらず、社会が知るべき情報を伝えるというメディアの役割は今後もぶれずに報道していきます。


――新聞づくり体験クラウド型アプリ「ことまど」の開発など教育現場での新聞活用に注力されています。


 「ことまど」は経営企画室時代に開発責任者を務めました。総務省のICT教育の実証事業に採用され、大手広告代理店の協力を得て完成しました。現在、70以上の小中高・大学に導入され、利用者は約1万人。海外でも活用されています。


 また、NIB(Newspaper in Business)にも力を入れています。神戸市役所や金融機関、企業で新聞を活用した研修を推奨し、年間約30カ所で実施しています。


――電子版「神戸新聞NEXT」の現状はいかがですか。


 紙の減少を補うまでには至っていませんが、会員数は計画通りに推移しています。昨年9月に法人コースを利用ID数に応じた料金体系に見直し、よりビジネス活用に適したサイトへとリニューアルしました。会員増に少しでもつながるよう期待しています。


――販売店の状況を教えてください。


 皆さん店を守るため、新聞を配り続けるために別のビジネスと並行して取り組む姿、努力に感謝しています。牛乳配達やコンビニデリバリー、最近はポスティング事業も広がりつつあります。自身のスキルを生かしてギターの修繕・販売をされている店もあります。


 社内でも言っていることですが、報道・ジャーナリズムは編集局だけの仕事ではなく、総務・情報・技術・メディアビジネス、そして販売店と、すべてのセクションに支えられています。販売店もジャーナリズムの一員という認識はずっと持ち続けています。


――阪神タイガースのリーグ優勝は影響しましたか。


 欲を言えば日本シリーズも、もう少し勝ってほしかったですが、シーズン中の圧倒的な強さはファン、兵庫県をはじめ、デイリースポーツ的にも大いに盛り上がりました。日本一になった23年はグループ会社のサンテレビに県内外のクライアントが複数増えるなどタイガースの好不調は収益に直結します。今年もさらなる躍進を願っています。


――若い世代の新聞社志望は。


 以前に比べて減っています。一方で、「地域に役立つために新聞社で働きたい」という学生を見受けるなど当社を受けてくれる人材はまだ豊富です。入社後の働きぶりも幹部から高く評価されています。厳しくなりつつある業界と知って希望するだけのことはあり頼もしい。厳しい=変わり目にある、チャンスがある業界とも言えます。斬新なアイデアで新聞を活性化することを期待しています。


――ご自身はいつ新聞社を意識されましたか。


 高校2年の頃です。「社会を良くしたい」との漠然とした思いがありました。新聞はあまり読んでいませんでしたが、本は新聞記者のルポを手に取っていました。記者は取材現場で普段会えない人に会えるということに興味を持ちました。


――そこから新聞記者を目指されたのですね。


 そう簡単ではなかったです。中学時代は真面目に取り組み、とくに部活では県大会で優勝したバスケ部のキャプテンでした。しかし、高校では遊びほうけてしまい、「大学なんて行かない」と思っていたほどでしたが、大学はどうにか滑り込みました。マスコミ研究会に所属し、1年間の休学で海外に行きましたが、帰国後も新聞記者への思いは変わらなかったので就職活動を新聞社に絞りました。


――休日はどのようにリフレッシュされていますか。


 あまりストレスを感じにくいタイプなのですが、夜中に目が覚めると、つい仕事のことを考えてしまい、寝不足が続きます。そんなときは、「会社は一人で運営するものではない」「仲間がたくさん支えてくれている」と前向きに捉え、思い詰めないように心がけています。また、近くに住んでいる孫が2人おりまして、顔を見ると癒やされ、良いリフレッシュになります。

 

130周年も「もっといっしょに。」

 

――創刊130周年(28年)も見えてきました。


 創刊120周年の3年前(15年)に、若手社員らが「120周年に向けて新聞社はどうあるべきか」を議論し、地域パートナー宣言「もっといっしょに。」を掲げました。地域社会・住民に共感されるパートナーとして、子育て支援や防災活動に取り組む地元報道機関としての姿勢を表現した合言葉です。
 この宣言は、報道理念「もっと近く、もっと深く」の延長線上とも言えます。当時、経営企画室長として、宣言のまとめ役を担い、「もっといっしょに。」は私の頭の中にずっとあります。


――20年後の新聞界はどのようになっていると予想されますか。


 予想というより、絶対になくしてはいけない存在です。米国で問題化した「ニュース砂漠」のように、新聞が廃刊に追い込まれると地域社会に悪影響を及ぼします。20年後はメディアの姿も大きく変わるでしょう。20年後も「神戸新聞は役に立つ」と思われる報道・事業を追求していきます。


――最後に今年の抱負をお願いします。


 成果を出す一年にしたいです。新しい取り組みはたくさん生み出してきました。今年はそれらを一つずつ実らせ、社員が「進めてきたことが正しかった」と実感してほしい。モチベーションも向上し、次の施策につながります。


 もう一つは、社内のコミュニケーションをしっかり図ります。このインタビューで話したようなことを社員とも語り合いたい。高士、高梨もそういった時間を設けてきました。会社は一人で運営できません。仲間の力を借りて明るい兆しを生む一年にしたいです。


――ありがとうございました。

 


 

かじおか・しゅういち氏  1964年生まれ、大阪府出身。88年立命館大学産業社会学部卒業後、神戸新聞社入社。兵庫県警本部捜査1課、暴力団対策課などを経て2006年編集局社会部次長、12年企画総務局経営企画担当部長、13年経営企画室長、19年執行役員経営企画局長、20年取締役、21年同DX推進・編集・論説担当編集局長、24年常務取締役、25年2月現職就任。