【行雲流水】文化通信2020年3月2日付

2020年3月2日

某月某日

 新型コロナウイルスの影響で出版・新聞業界のイベントが軒並み中止となっている。小紙・増田編集長がこれでは紙面が埋まらないと頭を抱えれば、星野専務は中止になったことを膨らませて記事にしたらいいじゃないかと姦しい。自宅で過ごす時間が長くなり、じっくり本でも読むかと、しかし書店に足を運ぶことは避けて、自宅からネット購入で済ます=出版楽観論と書店悲観論の仮設を検証してみたいとは思うのだが…。

 

 と、航空会社の知人から、コロナウイルスは熱に弱いから湯を飲むべし、など長文のメッセージがLINEに。「冷たい飲み物は厳禁、なるべく日差しを浴びるように」とは明らかにおかしいのに、あちこち(思惑通りに)転送してしまう。「参考になったありがとう」と拡散する同類?もいたが、「フェイクニュースだよ」との相次ぐ指摘に公式見解も出て平謝り。バナナを食べると感染する、ごま油を鼻の中に塗ればウイルスをブロックできるといった眉唾モノの情報が飛び交うのも、ノーガードのネット社会ゆえのこと。

 

某月某日

 六本木にある「またぎ」、その名の通り猟師だったオヤジの店に友人夫婦4組で集合。まずはモロコを小一時間かけて炭火でじっくりと焼き上げる。琵琶湖の天然モノはブラックバスなど肉食系外来魚にやられてお目にかかれないはずと、聞けば京都で養殖されたものだという。炭火で香ばしく焼かれたモロコはぷっくりと脂が乗っていて実に旨い。

 

 続いて陶板で青首(真鴨)を焼く。時折返して脂を纏わせ、仕上げに少し休ませる。ジューシーな肉は見事なロゼに。さらに、たまたま入ったというタカブ(小鴨)を炭焼きして齧り付く。肉の味が濃く、ワインが進む。

 

 そして同店目玉のヒグマ。ここ数年鮭の遡上が思わしくなく、今年も良いものが僅かしか入らなかったが、一皿だけ確保してくれていた。締めの猪熊鍋を雑炊にしてかき込む頃には、遠赤外線効果もあって酔いが回り夢見心地に。翌朝、財布がない!と一騒動あったが無事発見。還暦を過ぎ、節制を心掛けなくてはと、常々頭では唱えているのだが。

 

某月某日

 オーナー系出版社の経営者勉強会で上野池之端の東天紅へ。講師と言うかゲストは宮内庁楽師の山田文彦さん・41歳。篳篥の演奏も素晴らしいが、千年の歴史を今に伝える雅楽の栄枯盛衰を語る話術が冴えて飽かせない。

 

 雅楽は公家の日常に欠かせぬものであったが、武家の世になり公家が凋落するとともに衰退し困窮を極めたという。さらに「先の大戦」、すなわち応仁の乱で雅楽器のほとんどを焼失。細々と伝統を繋ぐ年月の先に現れた織田信長が雅楽を庇護し復活を遂げる。信長の惜しみない援助に感謝する意味で、現在に至るまで織田家の家紋「織田木瓜」が雅楽の舞台幕や装束に施されているというのだ。確かによく見るとあの家紋が其処此処にある。

 

 明治の世になり、儀礼の場で西洋音楽が必要になると、雅楽師が西洋楽器を演奏するようになり、明治後期には元・宮中楽師によって現在の東フィルやN響などに繋がるオーケストラが創設された。ちなみに山田さんは篳篥と琵琶のほかバイオリンも演奏する。

 

 何れも初めて識る話。「伝統芸能」と閉じ込めることなく、日常で楽しみたいものである。

 

【文化通信社 社長 山口】