紀伊國屋書店・高井昌史会長の著書『奇跡のプロジェクト 図書館が街を変えた! 新生・荒尾市立図書館の挑戦』が、5月に東洋経済新報社から刊行された。熊本県北部に位置する荒尾市の荒尾市立図書館の整備・運営に携わる経緯から現在に加え、図書館行政や地域における読書環境のあり方について論じている。人口5万人規模の地方都市で、開館から4年余で来館者100万人を突破した荒尾市立図書館。図書館と書店の連携、電子書籍の導入、子どもの読書環境整備などについて、高井会長に聞いた。
図書館で地方都市を活性化
「荒尾市立図書館」は、自治体(荒尾市)と商業施設(イズミ運営の「ゆめタウンシティモール」)、書店(紀伊國屋書店)が連携することによって、人口5万人弱の荒尾市にあった商業施設内に図書館と同フロアに壁を隔てることなく書店が併設する施設を開設。年間の来館者数は以前の市立図書館の10倍を超え、開館4年で累計100万人を突破するなど地方都市の活性化に成功した。

図書館、書店、カフェが一体となった「あらお本の広場」のエントランス(撮影:佐藤振一/提供:荒尾市立図書館)
このプロジェクトでは、紀伊國屋書店が基本構想から運営までをプロデュースし、管理運営スキームや、積極的なデジタル戦略、人材育成など、長年、書店展開と図書館事業を手掛けてきた同書店ならではのノウハウが発揮された。同書では、新たな図書館づくりに関する具体的な事例を通して、「自治体」×「商業施設」×「書店」の三位一体によって、図書館を次世代の「知のインフラ」へと昇華させた実践の方法を明らかにしている。
図書館と書店は「共存できる」

高井会長
――自治体とイズミ(商業施設「ゆめタウンシティモール」運営会社)、紀伊國屋書店が連携して図書館を移転・整備することになった経緯を教えてください。
荒尾市で、「ゆめタウンシティモール」の活性化施策が進んでいました。そのなかで「老朽化した図書館を移転し、モール内に整備したい」という話が浮上したそうです。紀伊國屋書店にはイズミと長年にわたるパートナーシップがあり、イズミを介して荒尾市の浅田敏彦市長を紹介されました。
浅田市長は非常に熱心な方で、何度も私のところに来られました。「紀伊國屋書店に図書館運営を担ってほしい」という強い思いを持っておられました。私は若い頃、公共図書館事業に携わった経験があったので、「それなら、もう一度やってみよう」と考えました。
ただし、いま新しく図書館を作るのであれば、これからの時代に対応した図書館にしなければいけない。電子書籍などデジタル対応も必要ですし、十分な予算も必要だとお伝えしました。
そして、私たち紀伊國屋書店は「ゆめタウンシティモール」内に出店して、図書館と書店を隣接させる構想を練り、その両方に関わるという形をとったのです。
――出版業界には、図書館が書店の売上を奪っているという見方もあります。
私は昔から、図書館と書店が並んでいても「食い合いになる」とは考えていませんでした。書店と図書館は共存できると思っています。
本が集まる場所には、本好きの人たちが集まってくる。読みたい本を借りる人もいれば、自分で持っておきたいから買う人もいる。自然と役割分担ができるのです。
荒尾市でも、「これは図書館で読もう」「これは書店で買おう」と利用者が上手に使い分けています。書き込みが認められない学習参考書や試験対策本は書店で購入されますし、コミックも図書館では限られたタイトルしか置けません。
新刊やベストセラー本も、図書館では予約待ちが長くなることがあるため、書店で購入されるケースが多くあります。児童書については、図書館で絵本と出合い、「プレゼントしたい」と書店で購入される方が多いようです。
子どもの読書環境を整える
――荒尾市立図書館では電子書籍サービスも導入しています。
電子書籍利用は、実は、それほど多いとは言えません。図書館利用者には高齢者も多く、スマートフォンやパソコンに苦手意識を持っている方もいる。現状では紙の本のほうが好まれています。
一方で、荒尾市では小中学生にタブレットを配布して、朝読書などで電子書籍を利用しています。そのため、児童書の読み放題パックを多く取り揃えています。小学生が朝読書で同じ本を読む場合、紙では人数分揃えるのが難しいことがありますが、電子なら対応できます。そういう意味では、電子書籍にも役割があります。
――蔵書・選書には紀伊國屋書店の販売データも活用しているそうですね。
公共図書館ですので、地域に密着した蔵書を目指しています。全国的な販売データだけではなく、ゆめタウンシティモール店でどのような本に需要があるかも参考にしています。
図書館利用者からのリクエストには、書店での売れ行き良好本が多いので、いち早く書店の情報を集めて、反映できるようにもしています。
また、書店での本の見せ方も図書館で参考にしています。書店では展示方法によって売れ行きが変わります。図書館でも書店のような展示を実践して、貸出数アップにつなげています。
――荒尾市立図書館では、子どもの教育面にも心が配られています。読書教育について、どのようにお考えですか。
読書環境は非常に大切です。私立の小中学校では、図書館の蔵書が充実していて、新しい本も多く、読書指導も行われています。そういう環境で育つと、子どもは自然と本を読むようになります。
一方で、公立の小中学校では図書室が縮小されている例もあります。私はそこに危機感を持っています。だからこそ、公共図書館が重要です。荒尾市では、学校図書館と公共図書館、電子書籍も含めて連携しながら、子どもたちが本に触れられる環境づくりを進めています。読書習慣が身につけば、子どもたちの将来にもつながっていきますし、結果として、書店や出版社の未来も明るくなります。
図書館は地域を変えられる
――同様のモデルを、他地域にも展開したいお考えはありますか。
「ほかの地域でもやってほしい」というお声をいただいています。ただ、一番大切なのは行政の姿勢です。首長が、「読書を推進する」「図書館を整備する」という強い意思を持たなければできません。
荒尾市では、市長や教育委員会、学校、そしてイズミが協力して進めました。そして、図書館だけでは難しいイベントも、書店が隣接していることで実現できています。姜尚中先生の新刊発売キャンペーンを開催した店舗では、ゆめタウンシティモール店が一番多く販売したほどです。
開館から4年余で100万人以上が来館しました。市外から訪れる人もいます。図書館と書店が連携することで、本好きの人が集まり、文化的で豊かな街づくりに貢献できたのではないかと思います。
――最後に、本書に込めた思いをお聞かせください。
私は、日本は図書館行政が遅れてきたと思っています。これまでは、地域に本屋がたくさんあったので、行政が十分に図書館へ投資してこなかった面もあるでしょう。しかし今は、地方で本屋を維持することが難しくなっています。だからこそ、公共図書館が重要になります。たとえ小さくても、本に触れられる場所をつくるべきです。荒尾市の取り組みが、その一つのモデルになればと思っています。
――ありがとうございました。
荒尾市・浅田敏彦市長の談話
官民連携による図書館を核とした魅力あるまちづくり

「シティモール」に図書館を整備した背景には、大きく二つの理由がありました。まず、この第三セクターでスタートした商業施設は、1997年の開業から長い月日が経過し、厳しい経営環境にありました。一方で、以前の図書館は規模が小さく老朽化も進み、市民からも新しい図書館を求める声が多数寄せられていました。
そのような課題に対して、「シティモール」と図書館を融合させてはどうかというアイデアが生まれました。そこで、商業施設を運営するイズミ様に相談したところ、紀伊國屋書店様をご紹介され、高井会長自ら図書館に関するプレゼンテーションを市役所でしていただきました。
読書離れが進む中、会長ご自身の新たな図書館像を世に示したいという強い使命感と熱意に共感し、紀伊國屋書店様・イズミ様との三者で、図書館を核とした魅力あるまちづくりに挑戦することを決意しました。
新図書館では、通常の貸出機能に加え、広い読書・学習スペースや郷土史料の充実にもこだわりました。子どもの頃から本に接することで、豊かな感受性や旺盛な好奇心が育まれると考えています。
図書館横には、書店・カフェ・交流の広場なども併設し、幅広い世代にとって、サードプレイスとなる空間を実現しました。三者がお互いの強みを活かしながら連携して取り組んだ結果、旧図書館と比べて10倍以上の来館者数となり、開設4年で100万人を突破することができました。
また、イズミ様によるリニューアルもあり、「シティモール」全体で売上高が大幅に増加し、施設周辺に新たな活気が生まれるなど、図書館の効果がまちづくりにも良い影響をもたらしています。
この本には、高井会長の真摯な想いとともに、我々三者のこれまでの歩みが刻まれています。「奇跡のプロジェクト」を全国の多くの方々に知っていただければと心から願っております。
イズミ・山西泰明代表取締役会長の談話
書店・図書館には“時間を消費する楽しみ”ある

荒尾のショッピングセンターは、もともと行政や地元商業者も参画する珍しい施設でした。人口減や商業環境の変化も伴い徐々に売上が低迷。コロナ禍で状況がさらに悪化するなか、市や地元出資者の理解を得て、イズミ主導での再生に踏み出しました。
ショッピングセンター全体を「ゆめタウン化」するにあたり、単なる商業施設ではなく、新しい価値を提案する場を目指しました。若いファミリーが住み・集う街にしたいという行政の考えと一致し、紀伊國屋書店、市、イズミの三者連携による公共図書館併設型の施設づくりが実現したのです。
荒尾市立図書館は開館から4年で来館者100万人を突破。もともと高齢者中心だった利用者は、児童・生徒や若年ファミリー層へと広がり、図書館は市民の方々の生活の中で大事な役割を果たしてくれました。単に訪問者数が増えただけではなく、来ていただきたい人々に喜んでいただけたことが大きいと思っています。
書店や図書館には、〝時間を消費する楽しみ〟があります。本を通じて人がつながり、地域のにぎわいを生む仕組みは、今後のゆめタウンにも重要な要素になります。
書籍については、ここまで高井会長が思いを込めてまとめられるとは想像していませんでした。私どものことも温かい言葉で書いていただき、一生忘れられないことだと思います。このご縁をきっかけに、紀伊國屋書店がさらに大きく躍進されることを祈っています。

『奇跡のプロジェクト 図書館が街を変えた! 新生・荒尾市立図書館の挑戦』
定 価:1980円(税込)
ISBN:978-4-492-50361-4
体 裁:四六判/並製/232㌻
発行元:株式会社東洋経済新報社
