静岡新聞社と静岡放送が2022年に共同設立した「FUJIYAMA BRIDGE LAB」は、既存のメディア事業にとらわれない新しい事業を複数手掛けている。今回は、同社が設立された経緯と事業の一つを紹介する。新規事業全体をマネジメントするマネージャーの高橋聡さんと、子ども向けオンラインスクール「Show & Tellスタジオ」プロダクトマネージャーの古藤田訓昭(ことうだ・くにあき)さんに話を聞いた。【杉江しの】
新規事業を生み出す“飛び地”として設立
FUJIYAMA BRIDGE LABの前身は、2021年に静岡新聞社内に設けられた新規事業セクション「Future Creation Studio」だ。新聞・放送を取り巻く環境が大きく変化する中、「余力のあるうちに、次の事業の柱を生み出す必要がある」(高橋さん)との問題意識から、組織変革と新規事業開発の取り組みが始まった。

新規事業全体をマネジメントする高橋さん
その背景には、18年ごろから静岡新聞社が実施していた「シリコンバレー研修」などの人材育成施策がある。アメリカのシリコンバレーにあるGoogleなどの巨大ハイテク企業を訪ね、デザイン思考や自己分析を学び、自らの課題意識を事業アイデアへと結び付けていた。そうした社内における挑戦の機運を受け、22年に分社化。新聞社や放送局の既存部門から少し離れた“飛び地”として、より自由に新規事業を進める体制を整えた。
現在のメンバーは8人。長期の常駐は想定せず、事業として成立しないと判断した場合、担当者は既存の部署へ戻り、新規事業の推進で得た知見を還元する。新規事業を生み出すだけでなく、挑戦を通じて社員の経験値を高め、組織全体へ循環させることも同社の役割だという。
シリコンバレーで感じた“会話の力”
「Show & Tellスタジオ」の着想は、古藤田さん自身の体験から生まれた。シリコンバレー研修の際、サンフランシスコの街に出て、自分たちのプロダクト案やサービス案について通行人に意見を聞く課題に取り組み、英語も十分に話せず、不安を抱えながら声をかけたが、道行く人やカフェでくつろぐ人が、話を聞いてくれたという。

「Show & Tellスタジオ」を運営する古藤田さん
「相手に興味を持ち、理解しようとし、リアクションを返す。その会話のキャッチボール力に驚いた」と古藤田さんは振り返る。自身は10代から20代にかけて、他者との関わりや言葉によるコミュニケーションに苦労した経験があった。アメリカで見た対話の文化と、日本で感じてきた話すことへの抵抗感。その差が、事業化への出発点となった。
調べていくなかで出合ったのが、欧米の教育活動「Show & Tell」だった。子どもが自分の大切なものを持参し、それについて発表し、周囲から質問を受ける。アメリカでは、幼少期から自分の考えを言葉にし、人の話を聞き、やり取りを重ねる練習を日常的に行う文化がある。一方、日本では読み書きや暗記に比べ、自分の言葉で表現する機会は限られている。そこに大きな課題を感じた。
体系的に学べる子どもの表現教育
事業は22年2月、2日間の体験プログラムから検証を開始した。23年には、1週間や3カ月の短期プログラムとして展開し、24年4月から通年・月謝制のオンラインスクールとして本格化。当初は基礎と実践の2コースだったが、現在は基礎・実践・発展の3段階に広がり、小学1年生から中学生までが学べる体制を整えている。
プログラムは、単なるプレゼン教室ではない。まずは自分の好きな本や夏の思い出など、身近なテーマを短く話す。次に、ゲスト講師の話を聞き、感じたことを言語化する。さらに、社会の出来事やニュースについて意見を交わす。アメリカのコミュニケーション教育を参考にしながらも、小中学生が楽しみながら継続できるよう、段階的なカリキュラムとして組み立てている。
ゲスト講師には、起業家や研究者、深海生物や環境に詳しい専門家などを招くこともある。母体が新聞社・放送局である強みを生かし、アナウンサーによる発声・滑舌の授業や、記者による情報収集・裏取りの授業も実施。メディア企業ならではのリソースが、子どもたちの学びを広げている。
現在の在籍児童・生徒は約70人。オンラインのため静岡県内に限らず、関東圏を中心に北海道から長崎まで27都道府県から参加している。保護者には、海外駐在経験者や英会話教育へ関心を持つ人も多く、「Show & Tell」という言葉にピンと来る教育感度の高い層が中心だ。
開校当初は小学3・4年生が多かったが、最近は中学受験の面接対策や中学校でのディベートを見据えた高学年や、入学後の自己表現に不安を感じる小学1年生の申し込みも増えている。既存会員の要望を受け、中学生向けコースも開始した。
専任は古藤田さんのみで、講師兼カリキュラム面を支える業務委託スタッフ、日本全国からオンラインで稼働するアシスタント講師約8人が加わる。英語や国語の講師、キャリアコンサルタントなど、人の話を引き出すことに長けた人材が多い。「教え込む」のではなく、子どもが考える時間を待ち、言葉になるまで寄り添えることが重要だという。
「Show & Tellスタジオ」を本格始動してから2年。「通年で参加する子どもたちが消化不良にならず、ステップ・バイ・ステップで成長できるようなコミュニケーションスキルやプレゼンテーションの学びを体系的に構築しているのは自分たちぐらいではないか」と古藤田さんは自信を見せる。受講者数は着実に伸び、採算面についても一定の手応えが見え始めている。
【SHINBUNYA~新聞屋の新分野~】FUJIYAMA BRIDGE LAB(下)の記事はこちら

