広済堂ホールディングスのグループ会社・広済堂ネクスト(東京・港区)は、出版社向けデジタルショートラン(DSR)サービスの提供を開始。9月1日、埼玉県さいたま市の「さいたま工場」においてサービス開始記念イベントを開催し、印刷機を起動した。またサービスの概要等の説明では、参加出版社(Gakken、インプレス、オーム社、NHK出版、PHP研究所、翔泳社、西東社、スクウェア・エニックス、朝日新聞出版、オレンジページ)がそれぞれ新サービスへの期待などを語った。

「DSR」の拠点となる「さいたま工場」
発注から48~72時間で出荷
同社のDSRでは、WEB発注システムにより見積から受注、製造、納品までをパッケージとして一体化。出版社側ではアカウントを取得しIDとパスワードを発行、入稿受付システムで発注指示(判型・部数・色数・頁数、本文用紙、カバーと帯の有無、納品場所)・入稿データ(PDF/X-1À、x4)登録・金額(見積)確認・納期確認を行う。それを受けて広済堂側では生産受付処理(データ・確認・パック化・製造指示)を、さいたま工場では印刷・製本・仕分け・納品を行う、という流れになっている。

「DSR」全体像(左奥に印刷済みロール→手前→右手で製本→右奥で断裁)
例えばA4判ではロール紙1本で約6万6000㌻を印刷できるため、複数のタイトルをページ数・必要部数で掛け合わせて計6万6000㌻となるよう相乗りさせる形でロール式フルカラー高速インクジェット印刷機(SCREEN社「Truepress JET 520HD」)により印刷する。
さらに自動製本機による無線綴じ製本まで一貫して行うことで、従来のオフセット印刷よりもシンプルな工程を実現。発注側はオンラインでそれぞれの都合の良いタイミングで注文し、それに対して48~72時間で出荷というスピーディーな対応を可能とする。
また、多品種大ロット印刷を行うことにより、従来のPOD(プリント・オンデマンド)のような小ロットでの印刷よりも価格を抑えることが可能になった。同社では定額単価制を採用し、一部あたりの価格を計算。最低100部からの印刷となるという。なお、シリアルコードや個別QR(デジタル付録、アンケート・キャンペーン導線)といった可変印刷も、今後対応予定である。
100~3000部の需要に対応
従来のオフセット印刷の場合、数千部以上でないと販売価格に対する原価に合わない、用紙調達・製版~刷版~印刷~製本工程・機械取りに相応の時間が必要となるといった問題点があり、出版流通の変化によって配本数が減少していることで、そこまでの部数は必要としないといった事情も発生。またPODについても、損益分岐点に合う部数のレンジが狭いことや、少額のため受注側の営業負担増といった問題点が見られる。
そうした課題を解決するためにDSRを生かすことで、100部まではPODの領域、3000部以上がオフセットの領域(枚葉最低部数=3000部、輪転最低部数=2万部。重版最低部数=1000部)とし、100部から3000部、特に1000部までの領域において顕在・潜在需要があるのではないかと同社では見込んでいる。だからこそ、その領域にDSRで対応していきたい、とする。なお印刷機は1人、製本機は2人で稼働できるため、人的リソースの面からも非常に効率的であることが分かる。
こまめな増刷で保管コスト減も
同社のDSRのサービスは、商業印刷では2020年に導入済みである。ちなみにデジタル印刷自体は、17年にさいたま工場で連帳デジタル印刷機を導入している。
DSRにより、以前はオフセットで印刷したパンフレット約50種を倉庫に保管し必要に応じて取り出していた企業が、毎月1回、その時に必要なパンフレットをそれぞれ必要な部数だけ印刷する形に変更。その結果、年間約200万円の倉庫代削減につながった。また、デジタル印刷の利点として、印刷の都度、文言等の間違いの修正やその時点での最新データの反映が可能となったという。出版印刷においても、こまめな増刷によって同様の対応が可能となると見込んでいる。
一方で現状の制約は、判型は四六・B6・B5・A5、本文用紙はb7トラネクスト71.5㌔㌘とb7バルキー64.5㌔㌘の2種類に限られること、特色不可であることなどだが、なるべく標準化することで複数の相乗り生産を図る。
さらに、引き続きオフセット印刷にも対応していることから、DSRに合わせた形で入稿データを作製し、初版はオフセット印刷、増刷は適宜DSRで、といったシームレスな運用が可能。そして、すでに初版の段階からデジタル印刷を選択する例もあるという。
出版社はDSRを活用することで、タイムリーな改訂や冊子作製のコストダウンなどによるコンテンツ強化、短納期による急なニーズへの対応やロングテールの実現による稼働タイトルの拡充といった販売機会のさらなる創出が可能になる。それと同時に、都度見積不要の分かりやすい料金体系やオンライン発注による生産性向上などが見込まれる。
それは、出版界で長年にわたり課題として挙げられてきた、企画の規模に見合わない部数を刷ったことによって発生してきた返本の減少や、在庫切れによる売り逃しの防止、それに伴う顧客満足度や利益率の向上、重版未定状態を解消し継続的に重版製造を可能とすることでのコンテンツの継続的供給に結びつくだろう。
もちろん過剰生産の解消によって必要となる紙やインキ、運搬に関わる資源、CO2も削減するというSDGsの観点での効果も見逃せない。
常盤社長「印刷会社として絶対に必要なサービス」
この日行われた印刷機の起動に先立って、同社の常盤誠社長は「DSRは出版社の皆さまにはまだ認知されていないだろうと思うが、出版印刷を主業にしている印刷業者である当社にとって、このサービスは絶対に必要なもの。やらなければ、これからはおそらく出版社に振り向いてもらえなくなるサービスだと思う。これをきちんとやっていくことによって『出版の印刷業者です』と言える、本日はそんな大事な門出ではないか」と語った。

稼働式で参加者にあいさつする常盤社長
また、生産本部の大塚貴康部長はTruepress JET 520HDを使用したDSRの印刷について、高精細モードを選択しており、4ピコリットルという非常に小さい液滴による高精細な画像、オフセット印刷のプレート出力で培ったSCREEN社の技術による高い画像処理能力で、小さい文字の再現や罫線での墨の締まり、カラー印刷の階調などを重視して印刷していると説明。「きれいな印刷をするプリンター」とオフセット印刷と同等の品質であることに太鼓判を押した。

設備の説明を行う大塚部長
これらの説明を受け、実際に印刷機から製本機へのラインが稼働する様子を見学。製本までスピーディーに進んでいく流れを見つめていた参加出版各社からは、さまざまな期待の声、そして今後を見据えての要望や出版業界全体への問題意識など、多様な発言があった。

DSRの導入が進むことによって出版の世界にどのような変化が実際に起こっていくのか、注目していきたい。
出版社からの期待と要望

出版社も参加した会見
Gakken執行役員・黒光秀治氏
当社発行の書籍の中には、初動後の伸びが読みづらいものの、一部のECサイトでは品切れになる商品があります。また保育書や医学書では、発行から3~5年が経ち店頭在庫は少なくても年間で300~500冊が動く商品もあります。
今までは3~4年分を刷って在庫としていましたが、DSRで適宜必要な部数を刷り、在庫の適正化につなげられると思います。初刷5000~6000部のオフセット印刷とデジタル印刷での増刷、さらに動きが良ければ輪転印刷と3方向で併用しながら、持続可能な出版事業を広げていきたいと思います。
西東社代表取締役社長・若松和紀氏
出版市場の縮小に伴い、通常通りの重版がかけられない状況が見受けられます。また、これまでは小ロットになるため通りづらかった企画や、編集および営業のコスト的な問題で刊行しづらかった企画の実現、そして読者の方に末永く商品を届けられることを考えるうえで、DSRという制作の取り組みは一つの商品戦略につながるでしょう。
DSRで刷った印刷商品のクオリティーの向上に伴い、当社も社内で検討しながら出版市場の中でDSRの可能性を広く探っていき、より活用していくことで、新たな商品展開につなげていきたいと考えております。
翔泳社代表取締役社長・臼井かおる氏
当社はIT技術書、ビジネス書などを主に刊行しており、初版部数は3000部程度の専門書が多いです。毎年数百部は出るけれど、1000部単位で増刷すると過剰在庫になってしまうため、今までは小ロットの増刷をPODで検討していました。しかしコストが合わず、増刷を諦めるケースが多かったのです。
DSRは100部単位でコツコツと増刷することができ、そうした場合に小回りが利きます。また、コスト的にも優しくなると期待しています。増刷ができなくて市場から本がなくなるということのないよう、ぜひとも活用していきたいと考えます。
オーム社取締役・安引工氏
既に試験的に利用しており、オフセットとDSRのシームレスな移行を念頭に置いています。大学教科書を出しているので2~3月には「なるべく早く50部欲しい」といった注文をいただくことも多い。今までは発注してから納品まで1カ月近くかかることもありましたが、72時間納品が実現するのであれば非常に心強いです。
ただ、既にデジタルデータになっている本の移行は比較的簡単ですが、例えば30年前のフィルムしか版がないような本を今後どうやって生き延びさせていけるのか。何か良いアイデアがあればお願いしたいと思っています。
インプレス代表取締役社長・高橋隆志氏
当社では既にデジタル印刷を部分的に導入しており、少部数で刷りたい、在庫を抱えたくない時に使用しています。ちなみに昨年の重版は、約半分がデジタル印刷でした。
グループを挙げてデジタルへの移行を進め、出版の構造改革を行おうとしていますが、これまではカラー印刷の品質に納得がいかない編集者もおり、なかなか進みませんでした。
しかし今回のDSRのカラー印刷は非常にきれい。これまで納得していなかった編集者も満足できるようなクオリティーが期待でき、良いのではないかと思います。ぜひ導入を検討したいと考えています。
オレンジページメディア事業局エディトリアルコンテンツ部兼製作部担当部長・深沢弓彦氏
雑誌『オレンジページ』やムックの刊行がメインですが、近年は書籍もかなりの点数を出しています。DSRでは料理本のテスト印刷を行いましたが、非常にクオリティーが高く編集者も納得できる内容であることから、導入を目指し企画や仕様、判型などを検討している段階です。
初版で何千部も刷るのは難しくても、数百部であればテスト的に発行できるのではないかという企画もあるでしょう。まだ社内でまとめきれていない部分もありますが、なるべくコストを抑えつつ、届けられる人に届けていけるような形でDSRを利用できればと思います。
NHK出版執行役員・佐野朋弘氏
NHK出版では雑誌、書籍、新書、選書と、幅広い商品群を持っています。その中で課題となるのは、例えば主力商品である放送番組のテキストが、番組の放送中に市場からなくなることはあってはならないといったことです。
したがって増刷分をいかに早く市場に出すかに頭を悩ませていましたが、発注から72時間での納品が可能となるのであれば、その課題はかなり改善されるのではないでしょうか。
また小ロットで増刷する場合のコストも、やはり大きな課題です。それらをDSRで解消できるように、今後検討して進めていきたいと考えています。
スクウェア・エニックス出版事業本部出版業務ディビジョンディレクター・大岡俊裕氏
当社のメインであるコミックスは単価も安く、DSRとの相性は良くありませんが、ゲームの攻略本や関連書籍に関しては、過去のゲーム作品のリメイクで古い商品が中古市場で高額取引されるケースがあります。そうした際にDSRサービスは500~1000部で対応していただけるので、すぐにユーザーの手元に届けられるのではないかと思います。
これは今後の妄想的希望ですが、当社のECサイトの受注情報をそのままDSRにつなぎ込む。またユーザーに広済堂から直接個別配送を行う。といったこともいずれ可能になればと思っています。
朝日新聞出版管理本部業務部次長・箕輪政一氏
今までは重版の際に1500~2000部が最低ロットとなり、そこまで需要がない商品もそれで刷るしかない状況でした。そのようななかで、DSRで小ロットでの重版ができるのであれば大歓迎です。
ただ、実際には紙の選択肢が少ないとか、例えばDSRで500部刷った場合の単価はオフセットで1500部刷った場合の単価よりも高くなる、といった制約があります。DSRを積極的に取り入れたいけれども、そのあたりの価格面がもう少し、オフセットで1500~2000部刷った場合と見合うようなところまで下がることを期待します。
PHP研究所ビジネス・イノベーション本部本部長・久連石淳一氏
DSRサービスについては、本が売れないので小ロットで作らなくてはいけないという現実的な観点、また、出版製造のあり方という将来的な観点からも、出版業界全体がシュリンクしているなかオフセットの代替として非常に有効です。人手不足の昨今、圧倒的に人手がかからないことも大きなメリットでしょう。
紙、製本、印刷といったサプライチェーン全体の課題解決のためにも、DSRを通して持続可能な出版制作のあり方を勉強させていただければと思います。また個人的には、いずれDSRでも児童書の絵本ができたら良いと思っています。
