【POD特集】POD発の出版改革目指す セルン

2022年3月23日

 読者からの注文ごとに1 冊単位で製造する「ブックオブワン」から、中ロット・大ロットまでを需要に応じて印刷製本を行う事業を展開するセルンが、POD を入口とした、出版ビジネスの可能性を拡大するようなプラットフォーム構築に取り組んでいる。

 

 書籍プラットフォーム「BOOKSTORES.jp(ブックストアーズ・ドット・ジェーピー)」開設の理由は「出版ビジネス全体の底上げと拡大」。出版社だけでなく、書店なども巻き込み、ステークホルダーを増やしつつ、ブロックチェーン技術のNFT をはじめとする新たなデジタルコンテンツパッケージング技術も採り入れる。出版ビジネスとそれにかかわるあらゆる市場をデジタルテクノロジーで“直結”していく方針だ。POD、電子出版を組み合わせ、紙とデジタル、国内と海外など市場拡大を阻んできたあらゆる壁を消失させる、その戦略を紹介したい。   【堀鉄彦】

 

 

セルン代表取締役豊川竜也CEO

 

 

BOOKSTORES.jp を21 年11 月にオープン

 セルンは、書籍流通会社ニューブックから事業分離をしたパブテック企業として2018 年11 月に設立された。同社が21 年11 月にサービス開始したブックショップホスティングサービス「BOOKSTORES.jp」は、POD サービスであると同時に出版ビジネスのあらゆる可能性を広げるIP(知的財産)プラットフォームであり、さまざまな印刷システムとつながったクラウド型出版チャネルでもある。出版ビジネスのプロセス再構築が容易にできるよう設計されている。

 

 

ワンソースマルチユースビジネスの基盤

 同社はEC の「BOOKSTORES.jp」のほか、入稿/出版事業の「Bording(ボーディング)」、そして書籍コンテンツデジタル化・アーカイブス化を担う「Akashic Records(アカシックレコード)」を立ちあげた。

 

 事業の第一フェーズは「ワンソースマルチユースの徹底」「IPファースト型のビジネスモデル」をテーマにした構成になっている。「BOOKSTORES.jp」は、オンライン書店を「誰でも」「簡単に」「無料で」開設できるプラットフォーム。出版社や書店向けに「必要な時に、必要な分だけ、本が売れる、作れる、届けられる」サービスを提供している。

 

 POD 黎明期より、物流を生かしたPOD ビジネスを手掛けてきたニューブックから事業分離し、パブテック企業としてクラウド技術などを組み合わせる形で発展させ、よりフレキシブルで発展性のあるシステムを作り上げた。

 

 「BOOKSTORES.jp」は、プログラミング未経験者でもネット書店を構築可能なストアホスティングサービスでもある。印刷可能なPDFデータを入稿するだけで、受注、決済、印刷製本、発送までワンストップで委託できる。出版社は、いつでもPOD で印刷製本が可能で、急な注文にもすぐに対応でき、絶版レス、販売機会損失ゼロを実現するというわけだ。

 

 発注や管理の手間も最小限だ。発送まで自社で行うので納品も迅速。1 冊単位の印刷であれば注文後早ければ当日中に発送が可能という。著者分、自社保有分、リアル書店への配本分も依頼可能だ。

 

 1 冊単位の受注生産を行う「ブックオブワン」型POD だけでなく、「少量印刷(ショートラン)」のPOD、さらにはオフセット印刷、そして電子書籍まで含めた総合出版プラットフォームともなっている。1冊の「ブックオブワン」から、300 冊、3000 冊といった中ロット、さらにはそれ以上の大ロットの印刷製本まで、対応できるという、究極的にフレキシブルな出版プラットフォームだ。

 

 また、クラウドプラットフォームによって、地域の印刷会社と直結することが可能で、地域の出版社が、印刷物を地域で生産し地元の書店で販売する「地産地消」により、輸送コスト&CO2 削減など、資源の無駄を排除できる。

 

 同社代表取締役CEO の豊川竜也氏は「目指したのは、ワンソースマルチユースの時代に最適化したプラットフォームです。PODを中心に、コンテンツの受注・製造・販売を一括で行うことのできるインフラとして稼動を始めています」と話す。

 

 

自動面付けなどの機能も内蔵

 「Bording」は書籍データの入稿と印刷・製本までをカバーするプラットフォーム。印刷システム会社のグーフ(右ページ対談参照)のシステムと連携し、入稿したPDF を使った「面付け」など作業が手間なくできるようになっている。出版社などが印刷可能なPDF データを入稿すれば、書籍の受注、決済、印刷製本、発送までできるワンストップでサービスを提供している。

 

まず第一フェーズを稼働中のBOOKSTORES.jp。ブロックチェーン技術を活用し、今後大きくプラットフォームを進化させていく方針

 

 そして、「Akashic Records」は、書籍やそのフィルムをデジタル化すると同時にアーカイブコンテンツ化するプラットフォームだ。1 億画素のカメラとAI を使った高度な補正技術を組み合わせ、モアレなどがほとんど発生しない形の電子化が可能。高精度かつワンソースマルチチャネルに対応した形のアーカイブをつくりあげることができるのだという。

 

 「出版市場には、データ化されていないコンテンツがまだまだ多いのだと思います。過去作品の売り上げが増えているのに、出版データとしては印刷用のフィルムしかないというケースも多い」( 豊川CEO)。同社はすでに大手出版社の依頼をうけ、コミック過去作品のデータ化を手がけ始めているところだという。

 

 業界水準を超えた高品質のアーカイブは将来的に大きな価値をもつことになるはずだ。

 

 

IP ファースト型のビジネス基盤構築

 セルンのようなプラットフォームでコンテンツを取り扱えば、POD とこれまでの出版を隔てていた垣根も取り払われていくのだろう。当然、電子書籍と紙の出版の垣根も取り払われ、さらには出版から生まれたコンテンツを、あらゆるビジネスと連携させるための基盤として機能させていくことが可能になる。

 

電子書籍と書籍でシームレスなビジネスをするには IP ファーストで管理する必要がある

 

 セルンが次に構想するのが、IP ファーストビジネスのための基盤構築だ。

 

 「第二フェーズ」で予定しているもので、API/ヘッダレスコマースの「Omnibus」、契約/ 資産管理台帳の「Contract」、トレーサビリティシステムインフラの「Code」、決済プラットフォームの「Wallet」となる。

 

 「Omnibus」の利用で、EC プラットフォームだけでなく、ブログやSNS などあらゆる場所を発注先として選べるようになる。モバイルアプリへの対応も容易になり、Alexa 端末が実現するようなモバイルコマースへの対応も簡単にできるようになる。

 

 「Contract」は、著作権料支払いや契約管理のプラットフォーム。「Wallet」は、暗号通貨にも対応した決済システムだ。POD出版と電子書籍ビジネスが完全連携し、出版に新たなビジネスチャンスをもたらすことになるだろう。

 

 コンテンツビジネスの領域を超え、国の違い、さらにはプラットフォームの違いを乗り越えて市場を開拓することが可能となる。それは、出版プラットフォーム全体がSaaS化するというような未来に近づくプラットフォームと言えるだろう。

 

 

出版のNFT プラットフォーム構築も視野に

 次に控えるのが、コンテンツのアセット化だ。

 

富士フィルムをはじめとした複数のプリンターメーカー・印刷会社と協業し、全国の印刷会社で出力できる体制を構築している

 

 「第三フェーズ」では、NFTクラウドファンディングの「Club」、NFT マーケットプレイスの「Market」、そしてメディアやコンテンツとその価値をさまざまな視点から可視化し、分析可能とする「Ai」といったサービスを投入する。

 

 出版コンテンツのNFT 化で期待できるのは、既存の巨大IT プラットフォーマーから独立した形の「コンテンツファースト型」「クリエイターファースト型」のビジネスモデル確立だ。

 

 「WEB3時代の出版ビジネス」と言い換えることもでき、NFT 化された出版コンテンツは顧客基盤と直接紐付いた形で、その価値を高めていく。出版ビジネスは、金融基盤とコンテンツ基盤、そして読者基盤が一体となる時代を迎え、出版社にも、クリエイターにも、そしてそこに生まれる読者基盤にもさまざまな可能性が生まれるはずだ。

 

 セルンの事業はデジタルと紙を区別しない形でWEB3時代を迎えるための欠かせないプラットフォームになる可能性を秘めている。

 

株式会社セルンHP

 

BOOKSTORES.jp

 


【取引社インタビュー】

 

紙の出版にデジタル出版並みの自由をもたらすPOD

 

日販アイ・ピー・エス㈱国際事業部 出版事業課 東久保匠マネージャー

 

 日販IPS は、出版取次と直接口座をもつことが難しい出版事業者に対し、販売サービスを提供する仕事を数多くこなしてきました。

 

 古くは日本ミシュランタイヤの「ミシュランガイド」の出版ビジネスのお手伝いなどがあります。最近ではLINE コミックスオリジナル作品の流通や、クラウド会計サービスfreee がつくった「freee 出版」の雑誌『起業時代』も取り扱っています。

 

 今後も、さまざまな新しい版元さんとの取引を開拓していきたいとも思っており、そのためのツールとしてPOD に期待しています。

 

 最大の魅力は小部数またはオンデマンドでの制作が可能なことでしょう。そして「紙の書籍は絶対必要だがオフセットで印刷するほどの部数はいらない」というニーズはいろいろな局面であるんです。

 

 日販IPS では、セルンさんのサービスを活用して、そうしたニーズに応える事業を始めようかと思っています。自ら出版局を持つまでもない教育機関、自ら出版セクションを持つまでもない企業でも、気軽に出版活動に取り組めるようになるツールではないかと思います。

 

 たとえば、大学には論文集製作のような仕事があります。A4 版で100 ページぐらいの冊子を作る時、論文集であれば部数はそれほどでもないわけです。これまではオフセット印刷中心だったから小部数にするのは難しかった。多めの部数を作っておいて倉庫に保管するところが多かったのではないでしょうか。

 

 しかし、POD であれば、極端な話在庫を全く持たないという選択肢すら生まれるわけです。

 

 セルンのサービスであれば、必要に応じてPOD にしたり、電子書籍にしたりといったフレキシブルな選択も可能になります。増刷発注するなど営業管理の手間なくマーケティングできるようになったりします。

 

 通常の出版流通では6 カ月後支払というケースも多いかと思いますが、日販IPS では、出版社向けに翌月支払にも対応して、出版社の資金負担軽減にもこの事業が貢献できるようにしたいと思っています。

 

 出版ビジネスの現状を考えると、「デジタル」「グローバル」「ライツ」が戦略のキーワードになっています。社内にリソースがないなどの理由で対応できない出版社も多いと思いますが、その社内リソースの代わりの役割を弊社ができればと思っていますし、そのためにBOOKSTORES.jp などセルンのPOD インフラを活用したいですね。

 

 米大手取次のイングラムグループは今、出版の周辺で矢継ぎ早に新規ビジネスを開拓するようになっていて、「編集以外は全部やります」というような業態に変わってしまっています。

 

 日販IPS もイングラムなどの先行事例を見習い、テクノロジーを使ったサービスも豊富なラインナップを揃え、出版社などの企業にとって「あなたの営業部」みたいな業容を目指すつもりです。

 

「POD ×地産地消」という選択肢に期待

 

ジュンク堂書店那覇店 森本浩平店長

 

 沖縄県は、地域の出版社が発行する、いわゆる「県産本」の数が、非常に多い土地です。

 

 本土と異なる沖縄独特の地域文化の世界もあるかと思いますが、出版社の数もかなり多くて、個人経営のところも含めると、100社以上あるといわれるほどです。地元発のベストセラーも時折出てきますし、地方とは思えないほどの盛んな出版活動が展開されています。出版物を地域で生み出し、地域で消費するいわゆる「地産地消」がうまく動いている数少ない場所のひとつだといえると思います。

 

 こんな沖縄県ですが、大きな課題のひとつに出版物の重版が難しいことがあります。読書好きな人が多いのですが、県の人口は140万人程度とマーケットが小さいことから、オフセットでの重版をする決断がどうしても下しにくいわけです。

 

 それは、沖縄でしか売れない「地産地消本」だとなおさらです。1000部、2000部の増刷では厳しいということで、「重版未定」となってしまっている魅力的な本が、実はたくさんあるのです。

 

 そういう地域的課題を解決してくれるのではないかということで検討しているのがPOD による復刊プロジェクトです。現在2つのプロジェクトの計画を進めていますが、いずれも、印刷・製本から販売まで沖縄で完結する「地産地消」PODとなります。

 

セルンがシステムを提供する予定の沖縄出版協会のオンデマンド書籍販売サイト

 

 ひとつが、再版未定となっている地域出版社の本の中で、魅力的なものを選んで「ショートラン」の小〜中部数印刷で行う復刊プロジェクト。もう一つが、地域の出版社が自ら選んだ本を1冊単位で製造する、「ブックオブワン」による復刊プロジェクトです。

 

 ショートランのプロジェクトは、沖縄のメディアと組んで告知したり、復刊した本をジュンク堂の入口に200冊ぐらい積んだりして復刊本からベストセラーを生み出していこうというようなイメージです。有望そうな本に脚光を当てるプロジェクトとして「この沖縄本がスゴい!」というのを3年ほど前からはじめているんですが、これがなかなかうまくいっています。

 

 2020年は、『絵でみる御願365日』が選ばれました。旧暦で行う沖縄の年中行事の祈願と拝み方を、挿絵を交えて詳しく解説しているんですが、2015年の初版から毎年重版。県内出版社の本としては売れていたんですが、追加重版の判断がなかなかつかないという状況でした。

 

 それが、県内中心に去年の受賞後2万部売れるベストセラーとなっていたりします。こんなようになればいいですね。

 

「地産地消」出版としてベストセラーになった『絵でみる御願365 日』

 

 「ブックオブワン」の方はセルンのBOOKSTORES.jp を使い、お客さんが欲しいものを一冊単位で買ってもらうというプロジェクトです。ネットでの販売は、沖縄出版協会でお店を作って、加盟社から合計50点出してもらって、本を売ってもらおうと思っています。

 

 地域文化の保存にもつながる、POD による地産地消に大きな期待を持っています。

 


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