【行雲流水】文化通信2021年3月1日付

2021年3月1日

 某月某日

 小社から歩いて10分たらずの末広町「左々舎」で大好物のくさやを堪能する。先だって『味の手帖』の対談でお目にかかった「発酵仮面」こと小泉武夫先生イチ押しの店である。

 早速、熾炭で艶やかな飴色に輝く身を上に皮目から炙る。少し焼き目がついたら裏返し、頃合いではふはふ、菊正宗の熱燗、悶絶。

 くさやは江戸時代中期に新島で発祥したとされる。『発酵文化人類学』(小倉ヒラク著・木楽舎)によると、当時魚は開いて塩漬けし干して保存したが、江戸に税としてあらかた納められる塩は貴重で、何度も漬け汁を使い回したことで生まれた。特産品になると他島にもつけ汁が「種分け」された。

 「左々舎」では八丈島からムロアジと、例年春には「春トビ」と呼ばれる貴重なトビウオのくさやが入るのだが、今年は難しそうだと。店にあるムロアジも残り6人前と聞いて予約する。

 某月某日

 千葉県は稲毛にある国立放射線医学総合研究所病院で3か月に1度の定期検診。21か月前に重粒子線を照射し前立腺癌をやっつけた。腫瘍マーカー(PSA)の値も問題なく次回以降は半年に一度でいいでしょうと。比較的おとなしい癌とはいえ再発率は10%あるというから一安心ではある。

 そんなこともあってか、最近老母から薦められた『知的な老い方』(だいわ文庫)に共感している。著者の外山滋比古さん、岸信介元首相の老人訓、「ころぶな、カゼひくな、義理を欠け」に初めは感心するが、そのうちに気が変わってくる。この3つの否定表現はいわば「専守防衛」であり、〝老惨〟にならぬためには「攻撃は最大の防御」であると、積極的に美しく老いる術を説く。「人にご馳走する」「教室を創る」「おしゃれをする」「すてる」「どんどん忘れる」「ホテル暮らしのすすめ」などなど。

 昨夏96歳で大往生されたが、一度お会いしてみたかった。

 某月某日

 今年も早、3月。父の遺志で小社にかかわるようになって丸3年となる。先行きに不安のない、家族や友人に誇れる仕事をする会社になるという、自らに課した宿題の年限を迎える。折しも、今年は創業75周年、節目の年でもある。

 カンパニーの語源は、ラテン語の「com(共に)」と「panis(パンを食べる)」であるらしい。こね繰りすぎず、多くの人が欲しがるウマいパンを造りたい。

【文化通信社 社長 山口】