【ふるさとの味 おふくろの味】「いご」と「おきゅうと」(祥伝社 代表取締役社長・辻浩明)

2019年12月24日

(祥伝社 代表取締役社長・辻浩明)

 博多出張の折、老舗書店の会長さんが案内してくれた人気の居酒屋さん。地元のお客さんでごった返すお店で、郷土料理だからと頼んでくれたのが「おきゅうと」だった。

 

 色合いは微妙に異なっていたが、これは「いご」ではないか。そう思って口に運んでみると、まさに、わが故郷の味、「いご」だった。

 

 「いご」は、私が生まれた佐渡島でよく食べていた。呼び方は「いご」あるいは「いごねり」。佐渡産の海藻「いご草」を煮詰めて固めたものだ。

 

 刻んだネギを載せて、生醤油をかけるだけ。つるんとしたのど越しに、ほのかにかおる磯の香がいい。素朴でさっぱりとした味だから、日本酒にも焼酎にも合うし、暑い夏にはご飯の最高のおかずになる。

 

 海藻を加工した食品という点ではトコロテンと同じだが、ざらっとした食感で、見た目は飴色をしている。

 

 1000キロ以上も離れた九州の地で、懐かしい味に出会えるとは思ってもみなかった。

 

 その話をすると、会長さんも驚かれ、後日、地元の新聞に掲載された「おきゅうと」の記事の切り抜きを送ってくれた。

 

 記事によれば、以前は博多の街を「おきゅうとばい、おきゅうとばい」と言って、毎朝、行商の人がリヤカーで売り歩いていたという。

 

 「おきゅうと」は、「お救人」、「沖独活」と書くようだが、名前の由来は飢饉の際に非常食として多くの人たちを救ったので「救人(きゅうと)」、沖で採れるウドを示す「沖独活(おきうど)」が訛ったものと、諸説ある。博多では江戸時代に作られ、食されていたという。佐渡には、北前船の往来によって伝わってきたのだろうか。

 

 「てっさ」と「ふぐ刺し」、「おしるこ」と「ぜんざい」、「今川焼き」と「大判焼き」など、「おきゅうと」と「いご」のように地方によって呼び方が異なる食べ物があるが、食べ方が違うというものもある。

 

 佐渡ではトコロテンを砂糖醤油で食べていた。東京で甘味を食べたくてトコロテンを注文したところ、辛子がついてきて戸惑ったことがある。京都ではトコロテンを黒蜜で食べるというから、順徳上皇、世阿弥が流された佐渡にも、似たような食べ方が都から伝わってきたのか。そんな想像をするのも面白い。

 

 最近、博多の若い書店員さんとおきゅうとの話をする機会があって、「私の地元・箱崎でよく作っていました」と教えてくれた。食物繊維をたっぷり含んで低カロリーなのでダイエット食としても注目されていると聞いていたが、「最近の若い人には人気がありません」と言われて、少し寂しく感じた。

 

 佐渡ではスーパーでも売っている庶民に人気の味だが、「いご」のルーツの博多では、時代の流れに消えていくのだろうか。