【ふるさとの味 おふくろの味】山陰の魚とイカ(小学館監査役・原本茂)

2019年9月17日

小学館監査役・原本茂(66歳)

 子どもの頃、味噌汁が好きではなかった。

 

 理由は簡単だ。おふくろの作る味噌汁が美味しくなかったからだ。要は作り方が下手なのである。勿論作り方が下手だということを少年時代の自分に分かるはずもなく、味噌汁というものは元々美味しくないものと勝手に錯覚してしまったのである。三つ子の魂百までで、この不幸な思い込みは大人になるまで続くことになる。結局この誤解が解けたのは私が結婚してからである。

 

 妻が「お母さんの味噌汁美味しくないね」と私に耳打ちしたときだ。その直後の一言。「沸騰させたら美味しくなくなるでしょ!」

 

 衝撃だった。たったそれだけのことだった。考えてみればおふくろは二歳の時に母親を亡くした。そんなところに理由があったのかと少しだけ切ない気持ちになった。おふくろの味?それは私にとっては少し感傷的な思い出なのかもしれない。

 

 子どもの頃、好きではなかったものに魚もある。魚を好きではない子どもは多いと思うが、私の場合理由は少し違う気がする。夕食のおかずが毎日ほぼ魚だったのだ。生まれ育ったところが鳥取県境港市。今では水木しげる先生のお陰で全国的に有名になった町だ。そして日本でも有数の港町。子どもの頃は今と比べて本当に豊漁だった。所謂ねこまたぎ。鰯、鰺、鯖が捨てるほど捕れた。

 

 今では考えられないが、毎日近所のアチコチから魚が届けられるのだ。そして当然その日のうちに食卓にあがることになる。そのため魚嫌いの私は鬱屈し、家族の中で一人インスタントラーメンを食べることが度々あった。しかし全ての魚が嫌いだったワケではない。山陰では捕れない鮭なんかは好んで食べた。当時鮭は鰯や鰺に比べると随分高価だった。何といっても鰯や鰺は無料(ただ)同然だから。親から見れば嫌な子どもだったに違いない。(反省)

 

 境港は魚介の宝庫だ。高級な松葉ガニやノドグロだってある。でも私にとってふるさとの味はイカ。俗名白イカである。

 

 もう二十数年前の話になるが、会社の先輩が山陰出張で、宿泊ホテルのレストランで夕食をした時のこと。お刺身の盛り合わせに箸をつけようとしたその時、仲居さんが駆け足でやって来て、「お客様!そのイカは白イカといいます。東京ではめったに召し上がれない山陰のイカです。ゆっくりお楽しみ下さい」と、わざわざの講釈。内心うるさいなと思いげんなりしたらしいが、いざ食してみると本当に美味で驚いたと私に話してくれたことがあった。(感謝!)

 

 ネットで調べると一本釣りで捕れる剣先イカのことを山陰では白イカというようだが、剣先イカは捕れる地域によって型が異なるらしい。白イカは海中にいると無色透明に近い白色だが、陸揚げされると表面が赤くなる。新鮮なイカはこの色。鮮度が落ちると白っぽくなる。日本各地白イカと名のつくものはあるようだが、山陰の新鮮な白イカを是非ともお薦めしたい。