【寄稿】ふるさとの味、おふくろの味 遠い日の母の「卵かけご飯」

2021年6月11日

あやべ市民新聞社・髙崎忍代表取締役社長

 

 「ふるさとの味、おふくろの味」を主題にした随筆を頼まれた。安請け合いをしたが、ふるさとの味で思いつく題材が浮かんでこない。仕方なくお断りしようとしたが、おふくろの味なら書けるのではと思い直した。というのも、96歳の母が昔作ってくれた料理を無性に食べたくなることが最近よくあるのだ。

 

 母の手料理の代表格は卵かけご飯。終戦から10年ほどたった小学生の頃、朝食で時々出た。みそ汁と漬物付きの卵かけご飯は熱々のご飯に生卵を入れてしょうゆをかけるだけのものだが、作家の水上勉が書いていたように庶民にとって当時はこれがご馳走だった。

 

 次に思い出すのは、のりの佃煮。炊き立てご飯を茶碗に盛り、真ん中に箸で穴を開けてのりの佃煮を入れる。母の言う通りに茶碗の中でコロコロ転がすと、黒いのりがご飯の中に埋もれる。ラグビーボールのようになったご飯をつつくと、中からのりが顔を出した。

 

 小学生の頃の弁当のおかずで大好きだったのは、折れた即席麺を使った特製焼きそば。ゆでた麺に細かく切ったソーセージを入れ、たっぷりのソースを絡めて作る。見た目は悪かったが、味は最高だった。弁当箱を教室のダルマストーブの脇に置いておくと昼には温かくなっていた。

 

 おやつでは、直径25㌢ほどのドーナツ型の調理器具で焼いたお菓子。祖父が明治末期に京都の菓子屋で働き、辞めるときにもらった器具だそうで、水で溶いたメリケン粉に重曹と砂糖を入れて焼いた。鋳物だったので30年ほど前、親しい鋳物会社の社長に再現してほしいと頼んだが、無理だった。

 

 昭和30年代、わが家に同居していた叔父は毎年冬には寒天作りの出稼ぎに行った。春になると、土産にテングサの粘液質を乾燥させた寒天を袋にいっぱい入れて持ち帰った。

 

 長さ50㌢ほどの乾燥した寒天を母は、ふかしてつぶしたサツマイモと適量の砂糖を鍋に入れて煮た。煮上がると四角いアルミ製の容器に入れ、冷まして食べた。春先の定番のおやつで、飾り気は無いが優しい味だった。

 

 冒頭に卵かけご飯のことを書いた。しかし、これを取り上げるのなら実家(京都府福知山市)から車で20分弱の国道426号沿いにある「たまごかけごはんの但熊」(兵庫県豊岡市但東町)を紹介しておかねばならない。

 

 この店は山合いの養鶏業者、西垣源正さん(70)が平成18年に開いた卵かけご飯の専門店。最初、地元の人たちから「卵かけご飯で客が来るわけないやろ」と笑われたが、フタを開けると意外な展開が待っていた。鶏の餌に抗生物資を全く使わない新鮮な生卵とカキのだしが効いたしようゆが評判を呼んだ。

 

 ご飯とみそ汁、たくわんが基本で、生卵とネギ、のり、七味は食べ放題。値段は普通が450円。休日は行列ができる超人気店で私もファンになった。だが、遠い日の母の「卵かけご飯」は私にとって「不可侵の桃源」とも言うべきものである。

 

(あやべ市民新聞社・髙崎忍代表取締役社長)