【ソウル通信】韓国の出版業界事情 本と社会研究所代表・白源根氏 “再販戦争”を経て現行維持に

2021年1月25日

 韓国では昨年、「図書定価制」と呼ばれる書籍の再販制度をめぐる議論が社会的な話題の一つとして挙げられた。

 

 新しい再販制が始まった2014年以来、3年ごとに制度の再検討が義務つけられた出版文化産業振興法によって、20年に予定された2回目の再検討を控えた19年に、出版界の意図通りに再販が改正されたらウェブマンガやウェブ小説の無料サービスがなくなるという間違った噂が広がって、再販に反対する世論が沸いたのだ。

 

 文在寅(ムン・ジェイン)政権は、国民と直接疎通するとの趣旨で青瓦台(チョンワデ=大統領府)のホームページに「国民請願」コーナーを設けて、20万人以上の同意を得ると政府の責任者が答えるようにしている。そこに挙がった「再販の廃止を求める国民請願」(19・10・14)が20万人以上の同意を得て、日本の文部科学大臣にあたる文化体育観光部長官が原則的な答えをすることになった。

 

 再販制に反対する請願人は、現行の再販制のために出版市場が縮小し、書店の数が減り、国民の読書率も落ちたので、再販制は無くすべきだと謳った。本の世界の良くない数値をできるだけ集めて、それは再販制があるからだと主張したのだ。

 

 こんな笑えない雰囲気の中で、19年7月から丸1年間、再販制の利害関係者(出版社、書店、オンライン書店、消費者などの団体)と政府の担当者が参加した官民協議会は、16回にわたる会議の末、「現行維持」案を導出した。

 

再販制で花開いた個性派書店

 

 韓国の現行再販制は、紙の本及び電子書籍(ISBNのあるものに限って)の「図書(雑誌は除く)」に対して、無期限で定価の10%以下の割引と5%のマイレージ(ポイント還元)を許すという内容で14年11月から適用されている。

 

 それ以前は、書籍の発行日から18カ月が過ぎた書籍(旧刊)であれば無制限の割引が可能だったので、オンライン書店の大幅な割引競争で町の本屋は生き残る方法を探しにくかった。そのため、割引制限が設けられた現行再販制の下で、個性的な独立書店が各地で花咲くようになったのである。

 

 定価販売を願う出版社と書店、これとは逆に自由価格制度を好むオンライン書店と消費者に分かれた対立構図の中では、接点を見いだすことはできない。だからこそ、前回見直しの17年にも「現行維持」の決定を下すしかなかった経緯がある。制度の変更が難しい状況の中で、今回も「現行維持」の決定が予定されいてたとみておかしくなかった。

 

政府が“ちゃぶ台返し”

 

 しかしながら、突然問題が起きった。青瓦台から、消費者の利益保護を強化するため、割引やそれに相当する消費者の満足度を高める方向で官民協議会の合意案を補完(修正)するように指示されたのだ。

 

 現政府の不動産政策の失敗などで国政支持率が大きく下落する時期だったので、青瓦台は他の火種を恐れたのだ。国民請願に現れた再販制反対の世論を強く意識した政治的判断であろう。

 

 立場がなくなった文化体育観光部は、割引効果を増やす代案を出版界に提示したが、業界としては「合意案を守れ!」と主張するしかなかった。そのため出版業界が中心になって作家、書店、図書館、読書関連の36個団体が固く団結して「再販死守のための出版・文化界共同対策委員会」を構成して、およそ3カ月間の対政府闘争に踏み切った。

 

全国書店人の写真を集めた“図書定価制を必ず 守ってください”との新聞広告

 政府批判と共に青瓦台、政府庁舎、国会議事堂の前での1人デモが続き、再販制の必要性を叫ぶ新聞広告やチラシの配布、オンラインキャンペーンと署名活動などさまざまな方式で政府に圧迫を与えた。

 

 進歩的な系列の日刊紙の社説や、多くのオピニオンリーダーたちが口をそろえて政府の再販制改悪の試みを批判した。一方では、ウェブマンガやウェブ小説関係の団体は再販制反対の声明書を発表して、この戦争に加わった。

 

 1977年に再販制が業界の民間協約で導入され、03年からはこれを義務つける法定再販制として施行されて以来、最も熾烈な「再販戦争」が起こったのだ。社会的に広く再販のことが本格的に議論されたのは珍しいことだった。

 

 出版・文化界の激烈な抵抗に直面した政府は、20年11月に官民協議会での原案通りに再販制を維持すると発表した。これを受けて国会でも法律改定案を発議した。

 

 割引率はそのままにして、図書館にも提供していたマイレージは図書館向け販売では禁止、定価の変更は発行日から1年が過ぎれば可能、図書館の書籍購買(収書)は地元書店を優先するように決めたというのが法案の骨子だ。法案は今年上半期に成立し、6カ月以後に施行される見通しだ。

 

 韓国の再販制の経験は、言葉通りに割引のない定価販売の必要性を物語る。割引率を勘案するバブル価格は結局、ニセ割引に過ぎない。販売価格の差によってオンライン書店とオフライン書店の格差がますます広まって、今や出版市場の半分以上がオンライン書店に占められるまでになっている。新型コロナの中でも健闘する日本の書店界が羨ましいのである。

 


 

 白源根(ベク・ウォングン)氏 1993年から東京滞在(上智大学大学院在籍)、95年韓国出版研究所責任研究員、2015年から本と社会研究所代表。文化体育観光部定期刊行物諮問委員会委員、出版都市文化財団理事、京畿道地域書店委員会委員長、韓国出版学会副会長など。16年に「書店の日」(11月11日)を韓国書店組合連合会に提案、毎年恒例の記念式開催