【出版時評】2024年5月14日付

2024年5月31日

 

出版の可能性を感じさせた講演

 

 第63回全出版人大会で、京都大学教授の岸正彦氏が講演した。大部の著書『東京の生活史』『大阪の生活史』を刊行した筑摩書房の喜入冬子社長が大会委員長として依頼したのだ。

 

 2021年に刊行し第76回毎日出版文化賞と紀伊國屋じんぶん大賞2022を受賞した『東京の生活史』は1216ページ。23年に刊行した『大阪の生活史』は1280ページ。やはり23年にみすず書房から刊行した『沖縄の生活史』も880ページに及ぶ。

 

 いずれも公募した聞き手が、それぞれ選んだ人から生活史を聞き書きした文章を3冊で400人分そのまま収録したという斬新な企画だ。講演で岸氏は『東京の生活史』は定価4620円で1万7000部に達していると話した。

 

 岸氏はこうしたインタビューを社会学の手法として行っているが、周りから動画を撮ることを勧められても、あくまでも文字だけで表現している。それは、文字は動画よりも情報量が多いためだという。具体的な動きや細かい事実関係より、語り手や聞き手が発する言葉そのものに「胸ぐらをつかむ」力があると述べた。

 

 人々が語る言葉をそのまま本にするという手法で、これだけ力のある作品を作り上げた。まだまだ出版の可能性が大きいことを感じさせる話だった。【星野渉】