【出版時評】「経験」することで広がる市場

2021年7月12日

 実業之日本社が昨年好業績だった理由のひとつが、マンガ「静かなるドン」が電子版で大ブレイクしたことだった。そのきっかけを作ったのがマンガアプリ「ピッコマ」である。

 

 この作品は1989年から2013年まで24年間にわたり『漫画サンデー』(2013年休刊)で連載され、単行本は108巻に達する大人向けの劇画だ。しかしアプリの読者は20代が最も多いという。彼らにとっては初めて出会った新作なのだ。

 

 「ピッコマ」には最初の1話は無料で読めて、1日待つと次も無料で読める「待てば¥0」というサービスがある。気になった作品があれば1話を読んでみて、引き込まれれば1日待たずに次を購入してしまうというわけだ。1話は安価なので、面白ければちゅうちょなく次々に読んで(買って)しまう。実際は、私も「静かなるドン」に少々はまっている。

 

 「ピッコマ」を運営するカカオジャパンの金在龍社長は「経験」できる仕組みが新たな作品と出会うポイントだと話す(1・2面インタビュー参照)。書店での立ち読みもそうだが、デジタル空間で「経験」できるポイントを増やすことの大切さを示す。

 

 出版物には過去の膨大な資産がある。マンガはもちろん、児童書や文字ものも「経験」できるようにすれば、新作として読まれる機会が増えるはずだ。

【星野渉】