今井書店松江本店 本格カフェで「すごせる書店」目指す 全面リニューアルで売上好調

2025年9月17日

 今井書店は今年5月、旗艦店舗である松江本店(旧グループセンター店)を全面リニューアルし、グランドオープンした。内装を一新するとともに、本格的なカフェを開設。「すごせる書店」をコンセプトに、来店客がくつろげる長時間滞在型の店舗となった。近年なかなか見られないロードサイド店の本格リニューアルだが、オープン以降、書店売上は前年比120~130%の伸びを実現し、カフェも大きく売上を伸ばすなど順調な船出になっている。

 

外壁も鉄骨と同じ錆止め色に

 

出版物は在庫2割増に

 

 同店の店舗面積はリニューアル前と同じ300坪。入口周辺は約100席のカフェが占めるため、書店のスペースは以前より縮小した。それでも、書籍・雑誌の在庫は以前の19万冊(9万5000タイトル)から22万冊(12万5000タイトル)と20%ほど増やした。

 

 また、以前は別棟でテナントが営業していた文具は、日常使いの商品に特化したコーナーにした。以前よりスペースは縮小したが「好評で売れ行きも良い」と営業本部店売部今井書店松江本店・板垣健司氏は述べる。

 

 雑貨や食雑貨は拡大し、食雑貨は成城石井コーナーを設けた。「成城石井は伸びています。いまの店舗の雰囲気と客層にも合っていて、分かりやすいのだと思います」(板垣氏)という。

 

人気の成城石井コーナー

 

棚など木製什器はオーダーメード

 

 出版物の在庫を増やせたのは、天井を外して空間を縦に広げることで、書棚を180㌢㍍から220㌢㍍へと高くしたためだ。以前より空間は広がった印象を受けつつ、商品の選択肢は広がった。

 

天井を外し吹き抜けにすることで圧迫感をなくした

 

 棚や平台など木製什器には地元山陰(鳥取県智頭町)の杉材を利用。木材を産地から直接購入し、すべてオーダーメードで作成した。

 

 什器作りは設計段階から書店員側の意見も反映し、書籍や文庫、コミックスなど、並べる商品の判型に合わせて棚の奥行きを変えたり、児童書の棚は子どもの見える高さで面出しと差しができるようにするなどこだわった。

 

判型に合わせたオーダーメードの棚

子どもの目線に合わせた児童書コーナーの棚

 

 板垣氏は「自分たちの意見が反映されているので、従業員からも使いやすいと好評です」と手応えを話す。

 

 オーダーメードでは通常より費用が掛かるかと思われるが、実は工場からの輸送費なども掛からず、東京の什器メーカーから棚を購入するより、コストを3~4割低く抑えることができたという。しかも、地元の工務店と地元の木材を使っていることで地産地消をアピールすることもできた。

 

 店内は、あえて出版社提供のポスターなどは掲示せずに、棚にデジタルサイネージを設置。自社のポイントやクーポンのお知らせ、イベント告知、受賞本や新刊告知などを行い、クリエーティブの製作や配信は自社で行っている。

 

 カフェは、店舗プロデューサーを務める入川ひでと氏の入川スタイル&ホールディングスと、W’sカンパニーが店舗設計からメニュー開発、運営指導などを行い、大幅にリニューアルした。

 

店舗入り口に設けたカフェ

 

 カウンター席、テーブル席、ソファーなどを用意し、仕事や食事、家族やグループでの利用など、さまざまなシーンに合わせて席を用意。フリーワイファイや電源設備も設けている。

 

 メニューは、本格的なピザ窯を設置して手作りピザなどを提供。ピザ窯は店舗の外からも見える場所に設けてアピール。また、ペット同伴で利用できる席や、カフェで読むことができる本を用意するなど、長時間の滞在を想定している。

 

ペット同伴可能な席も

外からも見えるピザ窯

 

 カフェではイベントやワークショップ、店外でのマルシェなどを開催。「マルシェではカフェと一緒に雑貨などを出品していきたい」と板垣氏も期待する。

 

若い家族連れ増える

 

 商圏は安来市から出雲市あたりまで想定。リニューアル後の客層について板垣氏は「以前から近くに小、中、高校もあり老若男女幅広い客層でしたが、いまは子ども連れの若い家族など、建物の雰囲気に合ったお客様が増えています」との反応だ。

 

 その結果、児童書や実用書の伸びが顕著なほか、理工学書やビジネス書なども好調だという。

 

 今後、イベントなどが本格化することで、さらに幅広い客層の来店が見込めそうだ。(増刊『BookLink』9月16日付8面に写真特集)

 

今井書店松江本店

〒690-0058 島根県松江市田和山町88

営業時間:9:00~22:00

 


 

「カフェは書店と人の関わり作る必要な機能」

 店舗プロデューサー・入川ひでと氏に聞く

 

 

 今井書店松江本店が持つ大きな特徴の一つは、店舗のメイン入り口部分に約100席を展開するカフェだ。本格的なピザ窯を備えて飲食メニューを提供し、カウンター席から家族が食事を楽しめるテーブル席まで用意。日常的な飲食利用からイベント開催など、書店と来店客とのコミュニケーションをサポートする役割を担う。カフェや店舗のコンセプトづくりには店舗プロデューサーを務めた入川ひでと氏が関わった。過去にTSUTAYA TOKYO ROPPONGIをはじめとした多くのコンセプト型書店のプロデュースを手掛けてきた入川氏に、店舗づくりのコンセプトやカフェの狙いなどを聞いた。

 

――書店併設にしては本格的なカフェですが、狙いを聞かせてください。

 

 書店が人との関わりをしっかり作っていくには、カフェ機能が必要だと思います。カフェはお客さんと話しやすく、顔馴染みになりやすい。そういう中で、書店が開催するイベントやワークショップの会場になり、それを来店客に告知する窓口にもなるし、お客さんの反応を書店にフィードバックする役割も果たします。

 

 また、書店が本を売るためにはお客さんと本とがどう関わるのかを表現することが必要です。例えばイベントなどで作家のバックグラウンドを伝える。そのためにはお店とお客さんとの距離をより近づけることが大切です。そこでもカフェが果たす役割があると考えています。

 

 だから、うちのカフェではファミリーレストランのような詳細なメニューは作りません。むしろ、お客さんから聞かれたら話すきっかけになるじゃないですか。お客さんから「メニューを見せて」「水を持ってきて」と話しかけてもらえる。そこで会話が始まると、2回目はもう常連さんになります。

 

 実際に、以前、楽天ブックスネットワークが東京駅前のKITTEで展開したリーディングスタイルという書店を手掛けた時にも、そうしたカフェやイベントにトライして大きな成果がありました。

 

――お客さんとのコミュニケーションの起点になるわけですか。

 

 カフェは、街づくりにおいても重要な機能です。このお店のカフェは、席によってペット同伴が可能です。近隣にはペットを飼っている人が多いにもかかわらず、周りはチェーン店ばかりでペットを連れて行けるお店がない。なので、ペットと一緒にご飯を食べられるようにすれば、その人にとって、ここはなくてはならない場所になります。

 

 そんな場所になった時に、本がどのように売れていくのか。その中で、来店している人々の嗜好に合わせて作家さんを呼んでイベントをするといった感じで広げていきたいと考えています。

 

――イベントも積極的に開催するのですね。

 

 本は人に勧められることが手に取るきっかけになることが多い。そういうリレーションを作るためにもイベントは大事です。

 

 カフェでは音楽ライブもできるしトークショーもできる。あと、月に1~2回は、駐車場にテントを張ってマルシェを開きます。そこもお客さんとのコミュニケーションの場なので、カフェの店員がピザを販売したり、古本のイベントなどを行っていきます。

 

 カフェやイベントなどは商圏を広げることにもつながります。広い書店でも本だけなら滞在時間は1時間ぐらいが限度です。ここへ車で1時間、往復2時間かけて来たとして、滞在時間が1時間ではもったいない。でも、ここで4時間滞在できたとしたら、1時間かけて来る価値が十分あります。

 

 おじいちゃんが孫に絵本を買ってあげるとか、親が子どもの誕生日に本を選んであげるときには、やはり家族で来店して、お昼も食べてゆっくり過ごせる場所が必要です。

 

――店舗の内装が以前とは大きく変わり、倉庫のような感じです。

 

 以前の店舗は天井が低くて少し閉鎖的な空間でしたから、天井を外したままにして解放感を出しました。また、天井を外すと錆止め色の鉄骨の柱が出てきたので、外壁なども錆止めの色を塗り、倉庫のような空間として統一感を出しました。

 

 私は、何もない空間に本があるというのが、書店本来の姿だと思っています。なので、飾り気のない倉庫のような空間にして、本を主役にしました。だから店内にポスターもあまり貼りません。

 

 棚は以前より高くしましたが、天井がなくなったので圧迫感は全くありません。ブックカバーや包装紙のデザインも一新しましたが、150年以上の歴史を持つ今井書店のロゴをリスペクトしつつ、家紋型のロゴを新しくモデファイしました。土地の記憶、今井書店の伝統的なイメージは踏襲しつつ、大きな変化を感じとってほしいと考えました。

 

――リニューアルで来店客数は伸びていますか。

 

 このお店はリニューアル前(グループセンター店)も繁盛店でしたが、改装のために約7カ月間閉めていました。5月のグランドオープンから3カ月弱ですが、以前のお客さんに加えて、新しい顧客層も増えて、客数は伸びています。以前、平日は高齢の方が多かったのですが、カフェやお店の雰囲気に合った若い夫婦や大学生などが増えています。

 

いりかわ・ひでと氏=1957年神戸市生まれ。多摩大学大学院経営情報学研究科でMBA取得。入川スタイル&ホールディングス代表取締役社長兼CEO。事業開発から業態開発、街づくりまで幅広い分野で活躍。東急沿線成長戦略、京王電鉄多摩センターエリアブランディング、TSUTAYA TOKYO ROPPONGI、UT STORE HARAJYUKUの店舗プロデュースなどを手掛ける。現在は、これまでの実績や蓄積したノウハウ、独自のマーケティング手法等を基に、関連企業の企画および開発業務のほか、街づくりや地域ブランディングに関する社会実験や、教育・出版事業等をメインに活動を行っている。青山学院大学等で教鞭も執る。受賞多数

 

今井書店松江本店特集[PR]