神奈川県を中心に書店約40店舗を展開する有隣堂は店頭での生産性を高めるため、出版社に対してFAXの送付を停止するよう要請した。同社でこの取り組みを担当する商品企画部・芝健太郎部⾧は、書店員が選書や情報収集など本来やるべき仕事に時間を割けるよう、DXに取り組む必要があると強調する。芝部長に話を聞いた。【星野渉】

芝部長
書店が自ら情報取りに行く
――出版社にFAX送付停止を要請した理由を教えてください。
DXを進めて業務全体を効率化しなければならないという流れの一つとして、FAX廃止がありました。もちろん、FAXをなくすこと自体が目的ではありません。
個人的にも、世の中でAIと言っているのに、いまだにFAXを使い続けているということに違和感があります。もちろん、現場のインフラが整っていないという課題があることは理解していますが、メールやペーパーレスに移行するのは当然の流れです。
さらに、書店にとってFAXをなくすということは、「情報を受け身で受け取って満足している状態」から脱却し、自分たちで情報を取りにいく、そして新しいチャレンジに時間を使っていく―という意識にシフトするためでもあります。
――出版社に要請したのはどのような内容ですか。
FAX廃止をアナウンスしたのは4月4日。出版社250社ほどに「有隣堂各店舗への商品情報ご案内のFAX配信停止のお願い」をメールで送りました。
その後、実際にどれくらいの出版社がFAXを止めたのか正確には把握できませんが、全体の半分は止めてくれたのではないかと見ています。
一方で、店舗によっては「全然減っていない」との話もあり、差があるようです。大手出版社はほぼ止めていただいていますが、例えば新刊の特約店向け受注業務はいまだにFAXを使っているケースもあるようです。
FAXのコスト年1000万円
――FAX受信の問題点はいかがでしょう。
やはりコストと業務負担です。紙やトナーなどの物理的コストは、1店舗が1日に100枚受信すると、全店で月10万枚を超えます。紙代やコピー機のカウント代を合わせて約1枚2円とすると月に20万円以上、年間約240万円のコストになります。
人件費は、1人が仕分けなどに毎日30分使っていると月15時間。それが40店舗なら月600時間。時給に換算すると月65〜75万円はかかっています。つまり、紙代と人件費を合わせて月に85〜95万円、年間では1000万円を超えると試算しました。
FAX送付停止で業界インフラに期待
――店舗からの反応はいかがですか。
FAXを注文書として使っているケースもあり、店舗によってはFAXがなくなることに戸惑いの声もありました。ただ、「返品了解」など、必要な場合は使っても構わないというスタンスです。もちろん、今後はメールやWebフォームなどの活用を促していきます。
現場がFAXを必要だと考える理由は、「目に飛び込んでくる手軽さ」が大きいようです。メールのように開かなくても、届いた瞬間に目に入る。それに、例えば自店に配本がない専門書や、重版情報、交通広告の告知、ご当地本の案内など、本当に必要な情報も紛れています。
そうした情報は本部ですべてをカバーすることが難しく、店舗が気付かなければなりません。しかし、情報を自主的に探しに行く習慣が根づいていない書店員も多く、来た情報だけで処理する体質があるのも事実です。
当社の本部では出版社からの情報はすべてメールで送ってもらうようにしています。ご当地本なども、指定のメールアドレスに送っていただければ、店舗への配信も可能です。
とはいえ、FAXがなくても情報を補える仕組みが必要です。商談などの打ち合わせ、各種WebサイトやSNSなど、さまざまな手段で情報は得られます。発注についても、現在はメールやWebサイト経由の注文が増えています。出版社が注文書にメールアドレスを記載してくれていれば、そちらで対応可能です。
――発注は本部と店舗で役割分担しているのですか。
当社では、基本的に新刊指定や大型商品の仕入れは本部が担当していますが、店舗が必要とする新刊やローカルなアイテムについては、店舗が独自に発注します。
特に旗艦店では、ある程度、店舗主導で商品構成を組み立てています。そうした独自性は店舗の個性として尊重しています。むしろ、店舗が「これは必要だ」と感じて発注することは歓迎すべきことです。出版社にも、「大型商品については本部優先でお願いしますが、それ以外は店舗を優先してください」と伝えています。
「このままでは未来がない」
――今後の情報提供についてのお考えをお願いします。
FAXよりも、メールや文化通信社の「BookLinkPRO」のようなWebサービスによる情報提供のほうが合理的だと考えていますが、まだ出版社には「メールでは見てもらえない」「地方の個人店はFAXしか対応できない」といったお考えもあるようです。書店側としても、Web注文サイトに対応していない出版社も多いため、全体として足並みをそろえることが難しい状況にあります。しかし、業界全体のDXは、もはや避けられない課題だと感じています。
問題なのは、店舗側にはそもそも情報を見に行く〝時間〟がないということです。人手不足や業務の多忙さから、FAXすら「家に持ち帰って見る」ということもあるほどです。FAXの仕分けやレジ業務などの負担全体を減らさなければ、本来やるべき「情報収集」「選書」といった業務に手が回らないのです。
書店は他業種と比べて「遅れている」と感じることが多いです。ほかの小売業は、もっと柔軟にDXを進めています。逆に見れば、書店業界は古い仕組みを引きずっていて、まだ変革の余地が大きいと言えます。
今のままでは未来の働き手も育ちません。若いバイヤーも少なくなってきており、書店業界全体が高齢化しています。このままでは、未来がない。そう強く感じています。だからこそ、FAX廃止は象徴的な一歩です。DXの入口であり、「今のやり方を見直すきっかけ」にしたい。代替手段として、Web発注サイトや「BookLinkPRO」のような業界インフラの可能性に期待しています。
そもそも、書店が本当に向き合うべきなのは、FAXを仕分ける作業ではありません。どの本を仕入れるか、どんな本が話題になっているかを見極め、自ら発見して届けることです。そのためには、書店員としてのセンスやアンテナが大切で、それを発揮するための時間と余裕が必要です。
業界全体が変わらなければ、今後さらに人も資金も集まりにくくなります。今が正念場です。新しいインフラ、新しい習慣、そして新しい価値観に踏み出すために、私たちは試行錯誤を続けていきます。