東京・調布の「川の図書館」 本の交換を通して生まれる地域の交流 商業施設でBook Swap(本を交換する)イベントも

2024年11月19日

 

川の図書館館長の熊谷沙羅さん(東京・調布市内の多摩川河川敷で)

 天気のいい日曜日の午前中、東京・調布市内の多摩川河川敷で開館する「図書館」がある。大きな木の下に並べられた数百冊の本はすべてが寄付で、来館者は読まなくなった本を持ち寄ったり、気になった本があれば何冊でも持ち帰れる。返却も不要だ。「Book Swap Chofu 川の図書館」と名付けられたこの活動は、現在高校3年生の熊谷沙羅(くまがい・さら)さんがコロナ禍の2020年春から始めた。ゼロ(冊)からスタートしたこの取り組みも、今では市民らの交流の場として定着。さらに地元の河川敷を飛び出し、ショッピングモールでBook Swap(本を交換する)イベントが開かれるなど、本を介した新たなコミュニケーションの場がいくつも生まれている。【増田朋】

 

晴れた日の日曜日に2時間だけ開館している

 読書が大好きで、小学校の時から放課後や週末になると、1歳下の弟、大輔さんと二人でよく地元の図書館に通っていた沙羅さん。しかし、中学1年も終わる20年3月、新型コロナウイルスの感染拡大で学校は休校となり、その後、通っていた図書館もまた休館を余儀なくされた。「本が大好きなのに、居場所を突然失った。それだけでなく、(同じ図書館で)いつも絵本を読んでいた親子や、新聞を読んでいたお年寄りはどうしているんだろう」と心配にもなったという。そこで家族と相談しながら始めたのが、「川の図書館」だった。

 

 かつて家族旅行で行ったアメリカで見た、家の庭先や公園などに小さな本箱が設置され、そこにある本を誰でも自由に借りることができる「リトル・フリー・ライブラリー」という取り組みを思い出した。公園に本箱を置いて、地元の人々で本を持ち寄る無人図書館はどうか。「これならコロナ禍でもできるし、良いアイデア」と、すぐに企画書を作って調布市に提案しにいったが、管理責任の問題で認めてもらえなかった。

 

 しかし、両親のアドバイスも受けながら、あきらめずに別の方法を模索。無人で置くのが難しいなら運べばいいと、場所を近くの多摩川河川敷に変更。「次の日には弟と二人で、キャンプ用のカートを引きながら、近所の家を25軒ほどピンポンして、やりたいことを伝えながら、いらない本はありませんかと訪ねて回った」。

 

 そして、集まった70冊の本を並べて「川の図書館」を開館したのが、20年4月下旬のことだった。始めてみたものの、子ども二人が本を並べて座っていても「最初はみんな素通りするだけだった。自分たちもすごく不安で、(何やっているんだと)殴られるかと思った」と、沙羅さんは笑いながら当時を振り返る。

 

 しかし、地元のメディアや全国紙にも取り上げられると、訪れる人も次第に増え、その後も口コミやSNSで知られ、6月ごろにはたくさんの人が集まる場所に。コロナ禍で失われた地元の人同士のコミュニケーションの場にもなっていった。「本当は臨時休校が明けるまでと思っていたけど、終わらせられないと思って続けてきたら、あっという間に4年が経っちゃった」と話す。

 

青空の中、木箱に入れ並べられた本

 

寄付された本は7000冊以上

 

 来館者からはもちろん、今では全国から本が寄付されるという。蔵書は7000冊以上に増えた。小説や絵本、漫画、実用書、写真集など本のジャンルは何でもありだ。すべて自宅に置いてあり、その中から毎回1000冊ほどを家族や友人に手伝ってもらいながら、現地まで運んでみんなで並べる。「開館前の土曜の夜、ワインの木箱を空っぽにして、明日はどの本を持っていこうかと考える」のが館長の役目だ。「前回持っていかなかった本だったり、歴史ものをいっぱい入れてみたり、私のそのときのムードや気分次第」というから、来館してみないと、どんな本が並ぶかは分からない。

 

 取材に訪れたある日曜も、開館から間もなく、常連さんや河川敷で散歩やランニングをする一見さんが来館する。ただ、普通の図書館と違うのは〝館内〟が「おしゃべり自由」なところ。「どんな人でもウェルカムで迎えられるすごいエネルギーを持っている両親の影響も大きい」という沙羅さんら家族にひかれて、初めて訪れた人も笑顔で会話しながら、本を選んでいく。

 

 「最初は純粋に本を読む場所がほしいという思いから始めたが、今では川の図書館を通して、自分なりのサードプレイス(自宅や職場以外で過ごすための居心地の良い場所)を見つけ出してくれた人がたくさんいてうれしい」と日々思っている。

 

「川の図書館」の横を散歩やランニングをする人たちが通る

 

商業施設内でのBook Swapも

 

 川の図書館から始まった本を交換する活動「Book Swap JAPAN」は、全国に広がりつつある。メディアやSNSで知った人から「自分もやってみたい」と連絡があると、やり方などを伝えている。実際、全国で11カ所ほどで同じような活動が続けられているという。

 

 また、図書館内でBook Swapをしたこともある。普段は静かな図書館も、この時は図書館員と来館者が自由に会話できる。「(来館者と)やっと話せた」と喜ぶ司書もいたという。そこでも本を介した新たな交流が生まれるきっかけになっている。

 

横浜市の「ゆめが丘ソラトス」で開かれたBook Swapにもたくさんの人が集まった

 

 さらに、最近では大手デベロッパーの商業施設で「Book Swap JAPAN」の出張企画を実施することもある。直近でも11月9、10日、横浜市泉区の複合商業施設「ゆめが丘ソラトス」の2階イベントスペースで「Book Swap YUMEGAOKA」を開催。初日は「こどもの本」「文芸」「文庫」「マンガ」「洋書」など約400冊が並べられると、地元の親子連れらが次々と来館。沙羅さんやボランティアのスタッフらが、置いてある本は自由に持っていっていいことや、自宅に眠っている本などがあれば持ち寄ってほしいことを伝えると、喜んでたくさんの本を持ち帰る人たちの姿が見られた。「いろいろな場所で開くことで、この活動を知った人が私もやりたいと思って始めてくれたらいいな」。

 

「サードプレイス」無くしたくない

 

 開館から5年目を迎えた川の図書館。高校3年生の沙羅さんが気にしているのは今後のこと。日本語、英語、スペイン語を話す沙羅さんは卒業後、海外の大学への留学を志望。小さい頃から自分で調べたことを記事にまとめたり、新聞を作ったりすることも大好きだったといい、海外でもジャーナリズムなどを学びたいと考えている。

 

 「せっかくできたみんなのサードプレイスを無くしたくはない。だけど、私がいなくなってからも、この場所に本を運んできたりする負担を弟や両親にかけたくはない」と悩んでいる。どういった形なら持続可能なのか、川の図書館で出会った来館者とともに、これからについての話し合いは続いている。

 

 「川の図書館を始めてから、本には人を引き寄せる『磁力』があると、あらためて感じている。この場所でたくさんの人と出会えたのも(紙の)本があったから。本が持っている力を諦めたくないし、これからも信じたい」との思いを強くしている。