出版ビジネスの〝進化〟促す書籍の「カスケード利用」 『進化思考』著者 デザイナー・太刀川英輔さんに聞く

2022年7月5日

 「人間の創造性」を生物の進化になぞらえて解説した『進化思考』は、2021年4月に発売後、瞬く間に3万部を販売した。同年には「山本七平賞」を受賞するなど、出版業界でも話題の本となった。「変異と適応の繰り返し」から生物の進化が生まれ、創造的発想も生まれる状況を意図的に創り出せるという著者は、昨年「インダストリアルデザイナー協会」の理事長にも就任し、日本のデザイン界をリードするデザイナーでもある。進化思考の観点から見た「出版の進化」について聞いた。

【聞き手=コンテンツジャパン代表取締役・堀鉄彦】

 

太刀川英輔(たちかわ・えいすけ)氏  NOSIGNER・CEO、公益社団法人日本インダストリアルデザイン協会理事長

 

──『進化思考』で提唱された考え方についてまずお伺いしたいです。

 進化思考の基本的な考え方は、生物進化と人間の創造性が、どちらも僕らが思っている以上に共通の構造を持つ「自然現象」なんじゃないかということから始まっています。

 

 人間の創造性について、我々はこれまで自然現象じゃないものとして、取り扱ってきました。でも、そうではなくて自然現象として分析することにより、たとえば「どうやったら人が創造性を高められるのか」とか、「創造性とは何なのか」ということを解き明かせるのではないかと考え、突き詰めた結果をまとめたということです。

 

 私はずっと「創造性」は人間だけが持っているいわば〝超常現象〟ではない、メカニズムは必ずあるはずで、それを解き明かしたいと思い続けてきました。自分でよりよいデザインをできるようになりたいから、こうした探求を続けてきたということもありますが。

 

『進化思考―生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」』(海士の風刊)

 

「創造性も自然現象として捉える」

 

──いつ頃から抱いていた考え方なのですか。

 学生時代から創造性の仕組みを解明したいと思っていた私が、最初に着目したのが「言語」としてモノのデザインを捉える考え方でした。モノが言葉のように機能する部分から、創造性の仕組みが発見できるのではないかと思ったわけです。

 

 たとえば、このインタビューのように「Zoomしよう」と伝えると、感覚的にはZoomっていう道具によって言語のように関係がつながる。また、水筒だって水と僕らをつなぐためのコミュニケーション装置だと捉えられます。

 

 このように、様々な物のコンセプトというコミュニケーション装置を社会に実装していくことで、人間は進歩してきたのではないか。また、モノを通して何かと関係性をつなぐ中に、創造性のメカニズムを考えるヒントがあるのではないかと考えたんです。当時は隈研吾さんのところで建築デザインを学んでいましたが、最初の考えは、「言語学とデザインの類似性」をテーマにした修士論文としてまとめました。

 

 こうした経験を原点に「(人間自身が自然の一部なのだから)創造性も自然現象として捉えることはできないか」、「我々はこの自然法則の側から人間の創造性の仕組みに向き合わなきゃいけないのではないか」と考える中で生まれたのが、「進化思考」です。言語的観点だけでは解決できない生命科学的アプローチも含め、取り入れられたと思っています。

 

 人口2200人の島に新しくできた出版社から発行した本でしたが、幸い話題となってくれ、「山本七平賞」をいただけたり、Amazonのビジネス書ベストセラーになるなど、一定の評価をしていただきました。

 

組織は「変異」と「適応」を繰り返さなければならない

 

──進化思考の考え方を取り入れるために、企業や組織はどう対応したらいいのでしょうか。

 生物の進化は「変異」と「適応」の繰り返しで起こる現象です。「変異」は基本、偶然の連続です。逆にいえば変異という「エラー」をある程度受け入れないと、進化はできないということになります。このため、進化的に発想するには「偶然性に対していかにオープンになるか」が大切となります。

 

 「適応」には、自然選択を生み出す関係性の観察が必要です。自然界では偶然選択されるわけですが、我々人間は、何が適切なのかを「観察」することができます。人間は自然を理解するために解剖などの学問を発展させてきましたが、こうした本質的な観察の技法を問い直すことが必要です。

 

 つまり企業が進化し、生き残るためには、環境の変化に対応して「変異せよ」「適応せよ」ということになります。

 

「確かな情報としての出版の価値」に活路

 

──デジタルという環境に、紙も含めた出版が生き残っていく道はあるのでしょうか。

 我々は擬似的なDNAのように言語と文字を生み、メディアを作ることで擬似的進化のスピードを加速させてきました。しかし、長い間、物質に文字を定着させて流布するという意味では変わりませんでした。それを一気に変えたのがデジタル技術です。

 

 デジタルの環境は物質に文字を定着して流布させる仕組みとは、全く違う次元にあるといえます。いわずもがなの話ですが、一瞬にしてほぼ無限回のコピーができて世界中に伝えられます。「流動性」では、紙の出版など物理的なメディアは全くかなわない状況に置かれているわけです。

 

 しかし、それも万能ではなく一方で、「流動性が高すぎる」と別の問題がでてきます。情報の量が多すぎるが故に検証ができなったり、注目されやすいものが自動的に広がるという仕組みがネットワーク効果で増幅され、ディープフェイクのコンテンツが生まれても、そのまま広まるようなことが起こるわけです。

 

 流動性が追究される中、センセーショナルな情報を求め、真実であることは問われないというデジタルメディア社会において、改めて確かな情報としての出版の価値を位置付けていくとどうなるか。そこにも活路が考えられると思うのです。

 

重要なのは「カスケード(多段階)利用」

 

──とるべき戦略として考えられるものはありますか。

 たとえば、デジタルの時代への出版の適応戦略として、重要だと思うのが「カスケード(多段階)利用」という考え方です。資源利活用の分野ではよく出てくる話なのですが、要は資源を1回だけの使いきりにするのではなく、利用したことで性質が変わった資源や、利用時に出る廃棄物を別の用途に使いながら有効活用し、別の用途に活かすという考え方です。木材をリサイクルする時、余った材料を集めてパーティクルボードを作ったり、堆肥として利用したりできますが、そんなふうに多段階に利用することで、利用効率が向上します。

 

 出版ビジネスに「カスケード利用」の考え方を適用したらどうなるか。徹底的に考えてみるのは興味深いテーマです。IPファーストのビジネスモデルが着目されているのもそういう背景によるものでしょうが、紙の出版を起点にしても考えられるはずです。

 

 「進化思考」でいえば、このコンテンツはイノベーターを育てる研修などにより、すでに印税の10倍以上の売り上げを生み出していて、それをさらに増幅させる仕組みもいろいろ考えています。

 

 幸い、出版物には多様な情報が練り込まれた〝原液性〟の高いコンテンツがたくさんあります。それらはカスケード利用に適しているはずです。細分化したり、再構成したりして利活用できることはたくさんあり、まだ手を付けていない可能性に満ちています。デジタル化は、出版が生み出したコミュニケーションの資源を、カスケード利用できるかを問うているといえるかもしれません。

 

 デジタルの新技術を利用しつつ、流動性が高まるネットワークの中核に、信頼性が担保された出版物がある。または、価値や信頼性を保証する仕組みの中に、出版を位置付けるという仕組みは実現できるはずで、そこに活路を見出すという考え方はありなのではないでしょうか。

 

──ありがとうございました。