【デジタルトレンド】「みんなの経済新聞」の成長から見た地域メディアの可能性

2021年6月30日

みんなの経済新聞のネットワーク本部を運営する花形商品研究所の西樹社長

 

 「みんなの経済新聞」が地域メディアの一大勢力となっている。最初の媒体であるシブヤ経済新聞誕生から20年がたった現在(6月時点)の媒体数は126。全媒体の月刊PVの合計は2500万にのぼる。「まちの記録係」として運営を続ける地域メディアのネットワークがなぜ全国に広がり、各地域に根付いているのだろうか。

 

20年で126媒体、拡大した“まちの記録係”

 

 みんなの経済新聞(以下、みん経)がスタートしたのは2000年4月。渋谷でSP/PRを手掛ける花形商品研究所の西樹社長がWebの地域ニュースメディア「シブヤ経済新聞」を始めたのが第一号だ。

 

 渋谷の街が大好きな西社長は、普段から街の変化が気になっていた。その変化をいち早くキャッチしたいと思っても地域に特化したニュースメディアが無かったことから、自ら立ち上げようと思ったのがきっかけ。当時はまだ印刷コストも高く、紙は厳しいが仕事で少し手掛け始めていたWebなら負担を抑えられるのでは、と考えた。開設と同時にラジオ番組とも連携し、週1回、特集についてスタジオで話をするようになった。

 

全国展開は2004年から始まる

 

 地域活性化のNPOである横浜コミュニティデザイン・ラボが地域メディア立ち上げを模索する中、04年に地域展開の第一号としてシステムを共通化した「ヨコハマ経済新聞」が立ち上がった。

 

 以降、口コミを中心に各地域企業からの参画が広がり、現在に至っている。日本国内だけでなく「海外版」も発行されており、香港や台北、ニューヨークなどの都市で展開中。15年からは、スマホアプリの提供も始めている。

 

研修などでメディアの統一感を維持

 

 みん経のネットワークは、シブヤ経済新聞を運営する花形商品研究所が本部となり運営されているものだ。

 

 本部はみん経の各媒体に、コンテンツマネジメントシステム(CMS)を提供し、媒体間の記事共有を行ったり、ネット広告に対応したり、ヤフーなど他のネットワークへ記事配信するなどのサービスを提供している。

 

 編集内容やコンテンツの質などに統一感をもたせるため、各媒体への指導も行っており、加盟媒体全社があつまる場も年に1回開催しているという。

 

 みん経媒体のほとんどは、本業を別に持つ企業が運営しているため、取材・執筆経験のない企業も多い。本部は取材や執筆に関する指導を行い、加盟各媒体は、クローズドのSNSで情報共有したりしながらノウハウを積み上げている。

 

 掲載記事は基本批評や価値判断をまじえない「ニュース」である。政治や警察がらみの「事件・事故」は扱わず、「まちの記録係」としていわゆる「まちネタ」の報道に徹している。

 

 当然ながら、記事掲載で対価を受け取らないことを運営の鉄則としており、こうしたルールを各媒体に徹底するなどして記事の質を担保している。みん経はまちネタ中心ながら新聞テイストを踏襲し、メディアとしての統一感のある媒体集団となっているのだ。

 

Yahoo!などへの記事提供も

 

シブヤ経済新聞

 

 みん経の記事は、Yahoo!やSmartNews、LINE、gooにも配信、地域発のニュースとして全国に届いている。地域発のユニークな記事としてトップページに採り上げられることも多い。キュレーションメディアの成長もネットワークを支えるバックボーンとなっているといっていいだろう。ヤフトピに出た記事には、新聞やテレビが後追いし、ムーブメントを引き起こした事例も多数あるという。

 

 行政との関係も良好で、たとえば渋谷区のホームページには「渋谷のニュース」というコーナーが設けられ、シブヤ経済新聞の各記事へのリンクが貼られていたりする。地域の企業、行政、市民をつなぐネットワークとして存在意義を拡大している。

 

魅力的な地域ビジネスが生まれる基盤

 

 参加企業の本業はWeb制作会社や編集プロダクション、コミュニティFM局、印刷会社など非常に多彩だ。地域版第一号のヨコハマ経済新聞は地域活性化に関する研究機関であるNPOヨコハマコミュニティデザイン・ラボが運営、東北の秋田経済新聞はWeb制作を中心にした企画会社イースナーデザインが運営し、船橋経済新聞は、MyFunaねっとなどを船橋市で運営するmyふなばしが提供している。

 

 本業とは別にメディア事業を始める理由は、まずは地域への愛着と地域情報への好奇心。そして、地域のネットワークづくりだ。温度差はあるものの、企業が信用あるメディアを作りながら、地域に貢献し、自らのビジネスの可能性を拡げる場として位置付けているようだ。 

 

「日々記事を書いていると、自分の街に足りないものが見えてくる。そうすると、時に旗振り役になることもあり、地域のキーマンになる人も多くなっている」(西さん)。

 

 「15年間やってきて、こちらから取材しなくても情報が集まってくるようになってきました。新しいビジネスや施策が始まる時に声がかかったりするようになりました。地域イベントの後援などさまざまな役回りが要求されるようになっています」(秋田経済新聞編集長でイースナーデザイン社長の千葉尚志さん)。

 

 まちネタを取材・提供する地域メディアが貴重な存在になっている中、みん経の媒体を核に、地域のネットワークを再構成する事例も生まれているようだ。みん経が地域活性化のキーマンを見つけ、育て、新ビジネスを育てる基盤ともなっており、地域のネットワーク作りに活路を見出す企業が増えているからこそ、そのネットワークも拡大しているのだろう。

 

みん経運営企業にも目立つユニークな事業展開

 

 実際、みん経の各媒体の周辺ではユニークな地域ビジネスがいくつも展開されている。たとえば、大宮経済新聞と浦和経済新聞と、関連会社で秩父経済新聞を運営するコミュニティコムの星野邦敏代表は、さいたま市でシェアオフィスやシェアキッチンなどのシェアリングエコノミーの事業を、秩父では空き家活用や遊休耕作地・山林のシェアリングビジネスを展開中だ。

 

 もともと「WordPress」をテーマにした技術解説書を多数著すなど、IT領域の理解も深い星野さん。地域×メディア×不動産×ITの相乗効果で新ビジネスを次から次へと創出している。

 

 千葉県船橋市で船橋経済新聞を運営するmyふなばし代表の山﨑健太朗さんは、船橋経済新聞のほかにタウン情報誌の「ふなばし再発見!!MyFuna」、地域情報メディアの「MyFunaねっと」など多彩な媒体を船橋で展開中。加えて、編集部と同じ建物に地域の人が集う「市場カフェ」を運営し、そこで起業家向けの講習会など運営するなど地域コミュニティを育てる活動を拡大している。

 

 今年から動かし始めたのは、メディア連動の地方中小企業向け福利厚生ネットワーク「Local Benefit」。企業会員を集めて福利厚生費の一部を提供してもらい、加盟店から社員向けに地域企業から割引サービスや、無料のサービスを提供してもらえるような仕組みだ。地域通貨のプラットフォームも同時につくり、船橋以外の地域に広げていく計画。「地域の中でお金が循環するエコシステムを作りたい」(山﨑さん)としている。

 

地域ビジネスのシナジー効果を生める媒体

 

 地域にとっても、メディアはなくてはならない存在である。地域情報の共有は、地域に企業が育ち、行政が機能するための重要な要素だからだ。「まちの記録係」として、地域メディアの集合体であるみん経のネットワークがこれほどまでに拡大してきたことに、学ぶべきことは多い。地域メディアの存在意義を改めて問い直すものともなりそうだ。

 

堀鉄彦(コンテンツジャパン代表取締役)