DX推進でKADOKAWAはいかに変わったか KADOKAWA Connected・各務茂雄社長インタビュー

2020年12月7日

 デジタル技術を用いて企業活動を変革するDX(デジタル・トランスフォーメーション)。出版業界ではKADOKAWAの先進的な事例が注目されている。新型コロナ禍のさなか、新たな社内コミュニケーションツールの導入、デジタル機器の提供、リモートワークのためのネット接続管理など多岐にわたって社員の仕事をサポートしたのがKADOKAWAグループでDXを推進する㈱KADOKAWA Connected(KDX)だ。

 

 各務茂雄社長は、ITエンジニアとして外資系企業を渡り歩き、2017年にドワンゴに入社。直前はアマゾンウェブサービス(AWS)のコンサルティングチームも率いたデジタル戦略のエキスパートだ。11月に東洋経済新報社から『世界一わかりやすいDX入門 GAFAな働き方を普通の日本の会社でやってみた。』を上梓。自らの経験をベースにKADOKAWAグループで「日本型」にアレンジしたDXを実践し業務効率化や、生産性を高める組織づくりに邁進している。いま出版界に求められるDXを聞いた。

 

【成相裕幸】

 

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「DXに完成形はなく、戦いは終わらない」

 

KADOKAWA Connected・各務茂雄社長

――17年にドワンゴにインフラチームの部長として入社されました。それまでの経歴は。

 

 ITエンジニアとしてインフラ構築、業務マネジメントなどほぼすべてをしてきました。直近はAWSコンサルタントチームの代表で、アマゾンのど真ん中で仕事をしてきたIT業界人です。

 

 そんな中で、ユーザー企業に貢献しなければならないとずっと思っていました。もっと手ごたえのある仕事をしたいと思っていたところ、ドワンゴの改革をしてほしいと誘われ入社しました。

 

 当時、ドワンゴのニコニコ事業は赤字でしたが、今は黒字化しました。その後(KADOKAWAの)角川歴彦会長から「KADOKAWAのDXをやってほしい」と依頼をうけたのです。

 

最初のミーティング「これはヤバい」

 

――それまで全く縁のなかった出版業界にきて最初に感じたことは。

 

 最初のミーティングで紙の資料がカラーコピーで30㌻ほど配られたことに衝撃を受けました。「これはヤバい」と。

 

 会議の進め方もいわゆる昔のやり方。紙を配ってミーティングのときにアジェンダが提示され、情報共有が多くてディスカッションの時間がとれない。

 

 KADOKAWAはオンデマンドプリント、書店と情報共有できる仕組みなど出版業界で先進的な取り組みをしていましたが、社内の仕組みはスピードが遅かった。そこで18年10月からIT業界的な進め方をインプリメント(実装)することを始めました。

 

――KADOKAWA内でどのようにDXを進捗させたのですか。

 

 仕事のスピードを2、3倍上げなければいけないと思いました。そのためにまずウェブカレンダーの共有をしました。公開を原則にカレンダーに予定を入力することを全員にお願いしたのですが、最初は軋轢が生じました。紙の手帳で管理している人もいるし、予定調整をメールで行うなど非効率な仕事のやり方に驚きました。

 

 ですが、メールでの予定調整をやめただけでものすごく楽になりました。コミュニケーションコストの問題として(共有する人が多すぎる)「CC地獄」が、スラック(Slack)に切り替えたことで解消できました。今は松原(眞樹)社長とのやりとりもスラックです。

 

 導入の際には、社内の専属漫画家に漫画で働き方改革の進め方について描いてもらい共有することで浸透させました。

 

 今ではミーティング前にアジェンダが出来上がっていて、基本資料はPDF。必要なことはスラックで事前に情報交換し、ミーティング中でもしています。このご時世なのでリモートはデフォルトです。

 

細かいところで出版は「属人化」する

 

――コロナ禍を受けKADOKAWAは春からリモート体制になりDXが一気に進んだと聞きました。

 

 VPN(仮想私設ネットワーク)や端末配布、セキュリティーの見直し、そして同時に進行していた「ところざわサクラタウン」のオープン。そのすべてのDXを当社が担当しました。

 

 ママさん編集者にはリモートができるようにiPadを配ったりもして、在宅勤務は7割まで進みました。

 

 とはいえ編集担当者がいろいろストレスを抱えていることは想像に難くありません。今回自分も本を出版してみて、とくに校了直前のところ、著者も編集者も大変だなと。赤入れにしても紙でやるのか、デジタルでやるのか境界線が難しいと感じました。KADOKAWA内でもそのワークスタイルを確立しないといけません。

 

 著者の立場として、DXを技術としてどう使うかはむろん、そもそも仕事のプロセスの問題だと思いました。マネジメントがしっかりしていないと仕事のプロセスは確立できない。出版はとくにジャンルや編集作業の細かいレベルで仕事が「属人化」します。そうならないためにもどこまでやるかが経営問題です。

 

――実際にどの程度までやるのですか。

 

 個別の自由さを残すために標準化します。標準化には必ず何らかのコストダウンの要素があります。ただ、出版ではこの標準化のレイヤーを決めにくいのが顕著だと痛感しています。

 

 出版物の編集についていえばKADOKAWAは合併した9社それぞれの業務プロセスが残っていたりします。徐々に統合してはいるけれども、どうしても手を付けにくいところはあります。出版はKADOKAWA事業の主軸ですので。

 

どうしても内製化は必要

 

――出版業界にはとくにIT人材が欠けていると言われます。

 

「部分最適化」であれば、外注をつかえばDXはまあまあできる。ですが、それを会社に根付かせてスピーディーなビジネスモデルにしていくにはどうしても内製化するためのエンジニアやコンサルタントが必要です。

 

 なので当社は徹底的に採用に注力しています。この会社に興味をもってくれる人はメディアを通じての文化づくりに貢献したい人が多い。

 

 特に優秀なエンジニアやコンサルタントはGAFA的な働き方を好んでいますが、外資系よりもリスクが少ないけど、働き方がGAFAであるKDXでそのような挑戦をできます。今後もこのような文化を好む人材が毎月入社をしてくる予定です。

 

――先ほどお話しにでた業務効率化はご著書でいえば「守りのDX」にあたります。KADOKAWAで実践している「攻めのDX」は。

 

 プリントオンデマンドは攻めのDXです。AIを使って需要予測をしています。どこにどのように売ればよいのかを分析したうえで、小ロットで出せる。

 

 また11月にグランドオープンした「ところざわサクラタウン」の「コトビジネス」もそれにあたります。デジタル技術をどんどん付加してリアルと融合していく。

 

 サクラタウンのネットワークはニコニコの回線を使っていて、日本で最も広帯域かつ低遅延の回線が引かれている施設です。ここでどういうコトビジネスをつくっていくか。

 

 それとCRM。今後顧客接点を、リアルとデジタルをあわせてLTV(ライフタイムバリュー:顧客生涯価値)にどうつなげるかに着手していきます。

 

書店営業、書店も「デジタル武装」

 

――それは書店営業のやり方の見直しにもつながりますか。

 

 書店営業、書店各々で「デジタル武装」をします。書店をどうするか、その研究開発のための組織「SmartCity研究所」をつくりました。まずはサクラタウン内にあるダ・ヴィンチ書店で検証したいと考えています。

 

 これはKADOKAWA単体でやるよりも、相乗り型にして他の出版社と一緒に研究していくべきではないかと個人的に思っています。角川会長も他の出版社が困っているところについては助けて日本の文化を残すべきだと考えています。

 

デジタルプラットフォームをどうするかを一緒に考えたいと話す各務氏

 

 この本についてもKADOKAWAのノウハウ流出と思われるかもしれませんが、そんなことを言っている暇があるのなら、もっと僕たちは付加価値の高い仕事をするべきなのでオープンソースとして公開し、例えばデジタルプラットフォームをどうするかを一緒に考えたいのです。

 

 それとよく皆さんがCX(カスタマー・エクスペリエンス)を高めるといいますが、大事なのはクリエイターのCX研究です。彼らにどんなサービスを提供するとエクスペリエンスや生産性が高まるのかを本来出版社は提案すべきです。

 

 また、CXを高めるために現代型書店とは何かを研究すべきでしょう。そしてこの間をつなぐKADOKAWA社員と彼らと働く人たちの仕事を一歩高める。この3つのX(エクスペリエンス)が合わさって初めてDXです。

 

 アマゾン、グーグル、ネットフリックスなどはどんどんクリエイターに接近している。そもそも編集者が持っていたクリエイターとの接点の価値がどういうものなのかを定義し、その「エンジン」をつくることが大事です。

 

出版とITの接点まだデコボコ

 

――DXをすすめる上で出版業界の課題はどこにあるとお考えですか。

 

 KADOKAWAの仕事をやってみてわかったのは、出版は役割分担が細かくなっているがゆえに、外注にまるごと渡すスタイルが結構多い。

 

 プロセスが変わらない時代ならいいのですが、変わると渡すところのデコボコが増えてクオリティを担保するのが難しくなる。そしてコストを下げられなかったりする。そこに問題を抱えているのではないでしょうか。

 

 出版全般において感じているのは、業務要件が決まらない状態でシステム化をしようとしたり、要件が整理できていないのでシステム化できないところです。そこがボトルネックになっている。要件決めはやはり内製化が必要でしょう。

 

 まだ出版とITの接点がデコボコできれいに整っていない。KADOKAWAはニコニコ動画をもっているがゆえにエンジニアを相当抱えています。彼らがいるがゆえにいろんなことができる。そこは「業界横串し」でやったほうがいい気がします。

 

――やはり適材適所の人材が必要になりますね。

 

 編集者に必要とされる能力は発散力。楽しんでもらえるシナリオをつくる能力ですが、一方で業務要件を固めるのはいかに適切な最大公約数を見つけるのかが大事。求められる能力は別物です。ここは人材のポートフォリオを組むべきです。

 

なぜ「対面」か徹底研究中

 

――目下取り組んでいるDXは。

 

 対面はなぜ大事なのかを徹底的に研究しています。このインタビューは対面でしているので解像度の高いコミュニケーションです。

 

 デジタルやリモートでできるものはどれで、そうでないものをアナログやリアルとカテゴライズしようとしています。そのワークスタイルを設計中で、まず自社で実践しグループ各社へフィードバックしていきます。

 

――KDXが目指すDXの完成形はいつごろですか。

 

 終わりなき戦いです。GAFAはまさにそれをしている。つねにPDCAを回して改善を繰り返している。終わったと思った瞬間に後退し始めます。(試行錯誤は)永遠に続くと思っています。

 

――ありがとうございました。

 


 

各務茂雄(かがみ・しげお)氏

 

 かがみ・しげお氏 KADOKAWA Connected代表取締役社長、KADOKAWA執行役員DXアーキテクト局長、ドワンゴ本部長。INSエンジニアリング(現ドコモ・システムズ)、コンパック、EMC(現DellTechnologies)、VMware、楽天、Microsoft、AWS(アマゾン ウェブ サービス)を経て、ドワンゴへ移籍。同社ではインフラ改革を行い、20億円のコストダウンを実現。KADOKAWAグループのDXを推進するために、2019年4月より現職。20年4月より情報経営イノベーション専門職大学准教授。12年グロービズ経営大学院修了(GMBA2010)

 

『世界一わかりやすいDX入門 GAFAな働き方を普通の日本の会社でやってみた。』

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