【行雲流水】文化通信2020年12月14日付

2020年12月14日

 某月某日

 新年号に掲載する「トップインタビュー」で、コモンズ投信・渋澤健会長と麹町「オープロヴァンソー」へ。渋澤さんは新一万円札の顔となる渋沢栄一翁の孫の孫=玄孫である。翁は前妻・後妻との間に10人以上(ほかにもかなり?)の子をなしたが、数多の子孫の中で当代に経営者は健氏一人らしい。

 昭和の時代はメイドINジャパン、平成はメイドBYジャパンだったが、令和においてはメイドWITHジャパン、共創の時代であると。そして「前例がない」「組織に通らない」「誰が責任とるんだ」、この3つの言葉を使わぬようにすれば、日本の組織は必ず良くなるはずであるとも。

 取材後のランチ、ウスバハギを使ったムニエルが美味しい。釣り好きの星野専務によると下魚らしいが、焦がしバターソースとマッチし、昼からワインもやむなし。

 某月某日

 慶應義塾大学経済学部卒の落語家・立川談慶の『落語は心の処方箋』(NHK出版)を帯にある通り「2時間で」読む。江戸で栄えた落語の今にもたらす効能を解説する。同社の「学びのきほん」シリーズは何れも軽妙でよろしい。

 コロナ禍で在宅時間が増え、本を紐解く機会が増えた。年末まで開催中の「ギフトブックキャンペーン」で制作したカタログにある、小山薫堂さん推薦の池波正太郎『男の作法』と、横川正紀さんが薦める山口瞳『礼儀作法入門』(ともに新潮文庫)、城山三郎『私の情報日記』(集英社文庫)を書棚の奥から引っ張り出して読み返す。「作法」を学ぶというより、いずれ劣らぬ魅力を纏うオヤジたちが生きた昭和の時代を懐かしんでいる。

 某月某日

 『味の手帖』の"応援団"、「名店会」の一員、渋谷「玉久」の女将から、今月19日で閉店することにしました、と電話がある。

 40年以上前、学生時代に父に連れられて初めて訪れた当時はトタン張りで裸電球がぶら下がり、ビール箱の上に板を載せただけのテーブルだった。東急入社後まもなく友人と訪れ、薦められるままに毛蟹を注文し、目の玉が飛び出る会計に慌てた記憶は鮮明だ。その後細長い自社ビルの上に開けた店は小奇麗になるが、今年傘寿を迎えるご主人が一貫して旨い魚を提供する、名店であった。

 若者の街、渋谷にあっては数少ない中高年の隠れ家がまた一軒、消える。最終日に毛蟹と鰹で飲む熱燗は、少しく苦いことだろう。

【文化通信社 社長 山口】