【行雲流水】文化通信2020年3月16日付

2020年3月16日

某月某日

 『味の手帖』巻頭「宮内義彦対談」で新富町「久丹」へ。元麻布「かんだ」出身の中島功太郎氏が腕を振るう人気店だが、ご多分に漏れずキャンセルが相次いでいるという。
 ゲストは英国出身で金融アナリストから日本の文化財の専門家になったというユニークな経歴を持つデービッド・アトキンソン氏。多くの著書やインタビューで外国人から見た日本の進むべき方向を明快に提言している。

 例えば、今後50年間で3割人口が減少し、2.6人に一人が65歳以上になる日本を再生するには生産性向上を図るしかない。中小零細企業ほど生産性は低いから、企業統合か廃業のどちらかを促進するべきであると。勤めたくない=給料の安い企業に将来はない、という私の持論とある意味合致している。

 日本の文化財に対する見解も面白い。文化財は国の、すなわち国民のものであるのにまるで観光庁の所蔵であるかのように規制をかけている。火を使うと燃えるかもしれないからダメといって使わせない。そこで宮内さん、電気座布団で法隆寺金堂の壁画が燃えたよなぁと。ヒトの目に触れてなんぼである。

某月某日
 来月のトップインタビューのゲスト、歴史家の加来耕三さんと幡ヶ谷駅地下のゴールデンセンターにある「諸菜 匠」へ。加来さんと私は同年だが、毎年15冊以上著すバイタリティには感服している。どの本も根強いファンがいて着実に部数(印税)を稼いでいる。この日も好く飲み、能くしゃべる。曰く、コロナ騒動は、ゴールデンウィーク前には政府が終息宣言を出し、この問題以前に始まっている経済減速など全ての罪をかぶせ、一旦市場は持ち直すが、6月には再び暗転するであろうと。過去の歴史を知れば未来がみえると宣う氏のインタビュー記事をお楽しみに。

 そして、毎年必ず訪れるこの店の鴨が実にウマい。炭火で熱した硯形の分厚い鉄板の上で焼かれる新潟の真鴨の胸肉は、はじけるようにぷっくりと身が膨らんでブリっとした歯応え。冬から春になるにつれて鉄分が強くなるモモ肉は、噛みしめればあふれる脂がワインとともに胃の腑に落ちていく。

 加来さんとタクシーに同乗した増田編集長は拉致されて歌舞伎町へ繰り出したよし。

某月某日
 ついにWHOが新型コロナウイルスの感染拡大を「パンデミック(世界的な大流行)とみなす」と発表する。発動される封じ込め策で人の行き来が止まり、経済の停滞は深刻である。株価が大暴落する前に損切りする勇気のなかったわれわれ初老のオヤジたちの老後の蓄えも大きく目減りして不安は増大。しかしこんな時だからこそ外食産業を救済するべし、と毎晩のように空いた予定を埋める夜が続き、コロナショックは肝臓を直撃している。

 そんな状況下で小社の予算策定である。右肩下がりの数字が来期も同様に続くとした冷静な予測値が並ぶが、それを何でどう挽回するかという工夫と粘りが欲しいところ。利益を上げて会社を存続させることではなく、社員の生活向上が「目的」で、事業はそのための「手段」、会社はそれを回す「システム」であると思っている。顧客に感謝されつつ、しっかり「稼ぐ」というのは今どき流行らないのかな…と、同じ立場の友人にぼやけば、いずこも同じだよと慰められる夜である。

【文化通信社 社長 山口】