【行雲流水】文化通信2020年1月20日付

2020年1月20日

某月某日

 日本人たるもの年越しは家で厳かに正月を迎えるべし、というわけではないが、海外で年越ししたことは一度もない。『味の手帖』でお世話になっている店のお節と酒で新年を寿ぎ、三が日を過ごすことにしている。

 

 大晦日の夜は東京で仕事をしている岡山の従姉の息子夫婦が、ちびっこギャングを伴い来訪。今年も紅白を横目で観ながら銀座「サンミ高松」の洋風お節を囲んで白ワインを抜く。ややフライングではあるが、仏教徒の“正月イブ”である。このお節、充実の内容にしてまずまずお値打ち、特にすこし温めていただくローストビーフがウマい。

 

 元旦の朝。春に齢93となる母と家内の3人で新宿「京懐石 柿傳」のお節。杉箱の香りが清々しい。正統派の献立には40年来の痛風の敵にして大好物の生このこ、カラスミがあって「八海山」のぬる燗を誘う。すっぽんスープにすっぽん真薯、焼きネギ、丸餅、しょうが汁が揃った2人前の雑煮セットが付いているのが嬉しい。

 

 夕刻には義弟夫婦と娘が加わり、ウサギ小屋の食卓は定員オーバー気味。朝の残りとみっちり詰まった「金田中」のお節をついばむ。こちらは合鴨胡椒焼や鶉照焼、蟹松風焼などが面白く、右手に八海山、左手に赤ワインで迎え撃つ、といった具合の三が日。

 

某月某日

 仕事始めの1週間。これでも少なくなったと聞くが、新聞、出版・書店、広告業界の新年会が続く。食い意地の張るわが身から観て出色であったのが電通の新年会。帝国ホテルの会場に入ると新橋芸者衆が出迎え、挨拶も乾杯もないから、あとは2フロアに展開する好みの味を求めてさすらうという趣向。

 

「伊勢長」のお造り、「なだ万」の寒鰤のしゃぶしゃぶ、「鮨源」の握り、ホテル謹製洋風懐石を2品楽しみ、季節の天ぷらに蕎麦かうどんで迷ったが、うどんを選択。隣には北海道石狩雑煮から新潟北陸、東京江戸、京都公家、鹿児島薩摩雑煮まで選り取りだが、満腹につき撤退する。3階には「なだ万」あら鍋と薄造り、「𠮷兆」鯛茶漬け、「北京」ふかひれそばに北京ダック、「駒形どぜう」柳川と、各部屋、きこしめす面々であふれている。

 

 かくして過去最高体重で迎えた正月も、目方更新の日は続くのである。

 

某月某日

 第35回梓会出版文化賞に出席する。終戦直後の昭和23年、有志出版社42社によって設立され、現在108社を擁する「出版梓会」が年間を通して優れた書籍を発行している出版社を顕彰してきたもの。

 

 今年はジャパンマシニスト社が受賞。マニシスト社といえば、幼少時にお世話になった小児科医で「たぬき先生」として知られた、毛利子来さんが最晩年まで編集にかかわられていた雑誌「お・は」(ちいさい・おおきい・よわい・つよい)を発行していることは承知していた。

 

 選考委員の斎藤美奈子氏が総評でも紹介していたが、同社が発行する、柔軟剤や消臭剤などに含まれるマイクロカプセルの「香害」や「清潔育児をやめないか」といった切先鋭いテーマの雑誌・書籍の数々からは、子どもたちが心身ともに健やかに育ってほしいという一貫した強い意志を感じる。毛利先生の遠い記憶とともに、同社の取り組みが称賛されたことに心より喝采を送りたい。

 

(文化通信社 社長 山口)