全国のTSUTAYAで新企画 「老犬2匹は、十字路で奴と出会う」 作家・北方謙三氏に聞く 「本」や「書店」への熱い思い

2023年3月27日

 ハードボイルド文学界の巨匠で、23年もの長きにわたり直木賞の選考委員も務めてきた作家・北方謙三氏──。カルチュア・コンビニエンス・クラブは3月17日から、彼の著書と写真集の連続発売を記念したコラボレーション企画「老犬2匹は、十字路で奴と出会う」(共催=北方謙三事務所/協力=岩波書店、集英社、トゥーヴァージンズ)を始めた。北方氏と彼を40年以上撮り続けた写真家・長濱治氏が全国の店舗を巡り、トークイベントなどを開催。そのほかの店舗で特別フェアも順次展開される。北方氏はこのほど、文化通信社のインタビューに応じ、今回の企画を通して伝えたい「本」や「書店」への思いなどを語った。【増田朋】

 

北方謙三氏(都内ホテルで)

 

 今回の企画は、北方氏が書く『週刊新潮』の人気連載エッセイ「十字路が見える」を新たに書籍化した『完全版 十字路が見える』(岩波書店、全4巻)、1992年に刊行され、今なお根強いファンを持つ『老犬シリーズ 文庫版』(集英社、全3巻)、大帝国の礎を築いた英雄チンギス・カンの激動の生涯を描く歴史大河小説『チンギス紀 十六 蒼氓』(集英社)といった書籍と、写真家・長濱氏の集大成ともいえるハードボイルド写真集『奴は・・・』(トゥーヴァージンズ)が、各出版社の枠を超えてコラボレーションする。

 

 まず、北方氏と長濱氏の2人が「老犬2匹は、十字路で奴と出会う」をテーマに、有料のトークイベント付きサイン会を開催。東京の「TSUTAYA BOOKSTORE MARUNOUCHI」(3月24日)、大阪の「梅田 蔦屋書店」(5月26日)、今春開業する福岡の「九大伊都 蔦屋書店」(未定)で開き、各店で『奴は・・・』の写真パネル展も期間限定で行う。

 

 また、3月24日から埼玉の「浦和 蔦屋書店」、広島の「フタバ図書 TSUTAYA TERA広島府中店」、岡山の「TSUTAYA BOOKSTORE 岡山駅前店」、高知の「TSUTAYA 中万々店」、福岡の「TSUTAYA BOOKSTORE マークイズ福岡ももち」、佐賀の「TSUTAYA積文館書店 佐大通り店」の6店舗で、「老犬2匹は、十字路で奴と出会う」をイメージした特別フェアを順次展開。数量限定の特別冊子も配布する。装飾性に優れた1店舗を北方氏が選び、サイン会を行う企画も実施する予定だ。

 

 今回のこの企画がスタートするのを前に、北方氏に話を聞いた。

 

 

すべては「本」のために

 

 

──「老犬2匹は、十字路で奴と出会う」というタイトルが、とても印象的ですね。

 

 今回の企画ができることに「巡り合わせ」を感じている。写真集『奴は・・・』が出たのは2021年4月で、当時はコロナ禍で記念のイベントも何もできなかった。そして、コロナ禍が収束してきた今、私の作品のいくつかが、ちょうどターニングポイントを迎えるタイミングとなったからだ。

 

 今年に入り、『週刊新潮』で8年間続けたエッセイ「十字路が見える」を新たに書籍化した『完全版 十字路が見える』が発売され、『老犬シリーズ 文庫版』も3月から4、5月と続けて発売される。『チンギス紀 十六 蒼氓』(集英社)も4月に発売されるが、すでに脱稿しており、単行本の最終17巻も7月ごろに出る。

 

 これらが重なったこともあるが、何のためにやるのかと聞かれれば、それはすべて「本」のため。私が持ち続けてきた本に対する愛情みたいなものを、どこかの段階で何かしら表現したいとずっと考えていた。今回、作家と写真家が表に出ていって、著名なゲストとともに本にまつわるいろいろな話をする。本好きな人はもちろん、それほどでもない人も私たちとの出会いをきっかけに、「やっぱり本っていいよな」とあらためて思ってもらいたい。

 

 作家が本のためにできることといったら、いい作品を書くことしかない。ただ私自身、ちょうど今は「長編」と「長編」の合間にいて、エネルギーが出せる状態にもある。銀座で女性を口説いたり、海外でしばらく暮らすのもいいが、活字業界が厳しいと言われる時代、本のことをもっと見直してもらえるような何かを、ただ言葉で発信するだけでなく、いろいろな形で訴えたいという強い思いだ。

 

 私と長濱氏の老犬2匹が、十字路で奴と出会う。奴というのはもちろんゲストがいたりするが、それは本でも、読者でも、君と出会うでも何でもいい。私たちと一緒に楽しみながら、いろいろな出会いの中で本というものを再認識してくれたら、こんなに幸せなことはないだろう。

 

 

書店は本と心の「ふるさと」

 

 


──今回の企画では、全国の書店でトークイベント付きサイン会や特別フェアが開かれるということです。今、作家さんをはじめ出版業界全体で書店を盛り上げようとする動きもあります。北方さんは書店に対してどんな思いをお持ちですか。

 

 私にとって書店は「本のふるさと」と言える存在だ。今の現代社会ではふるさとが廃れてしまいがちだが、本のふるさとだけは決して廃れさせてはいけないと強く願っている。さまざまなジャンルのたくさんの本が、いつでも置いてある。なつかしさやホッとする場所でもある。書店はまさに本のふるさとだ。図書館もそうだと言う人がいるかもしれないが、私はちょっと違うと思っている。図書館問題については、作家や書店に対して影響が大きいと、とてもストロングな意見を持っているんだが、それはまた別の機会にでも話そう。

 


──昔から書店はよく行かれる場所だったんですか。

 

 書店は本のふるさとでもあるし、私の心のふるさとと言ってもいい。私がまだ字も読めないような小さな頃から、書店にはよく連れて行ってもらったものだ。九州の田舎暮らしだったが、おやじが外国航路の船長だったので、おふくろに連れられよく横浜に来ていた。そして、時間があるとよく伊勢佐木町にあった有隣堂本店(当時)に連れて行かれ、絵本コーナーで面白そうな絵が描いてある本をよく見ていたのを覚えている。そして、買ってもらった絵本を見ながら、よく頭の中で物語を〝想像〟していた。実際に読めるようになったら、その想像とは全く違う物語だったが(笑い)。

 

 小学校5年生の時に東京へ引っ越したあとも、よく中学校近くの書店に通ったものだ。東京タワー近くにあった「時尾書房」という街の本屋さんでは、高い棚の全面にずらっと並べられた本の背表紙をずっと見ていたのも思い出す。そこの書店のおばちゃんが、本にカバーをかけてくれる時、ハサミを使って本のサイズぴったりに合わせてくれて。それを眺めてるのが好きだったな。そういったふるさとの記憶はずっと大切に残っているものだ。

 

 

Voicy「幻の謙三通信」もスタート

 

 

──今回の企画を機に、北方謙三事務所の公式Twitterを開設されたり、音声メディア「Voicy」で北方さんの声のエッセイを始めたりされています。ビジネス映像メディア「PIVOT」にも出演されるそうですね。

 

 最初は全然分からず、Voicyチェンネルも「幻の謙三通信」なんてタイトルを付けてしまい、このスマートフォンに向かって何かしゃべることになった。でも、けっこう楽しんでやっているよ。番組では映画や旅の話などもするけど、それも全てやっぱり、もっと本を読もうという話につながってくる。

 

 映画だったり、本だったり「俺はそのとき泣いたよ」とか、誰か一人ひとりと対話するように語りかけている。ゲームでは味わえないような良さが本にはあるんだということを、若いやつらに伝わるか分からないが、やってみることにした。何か伝わるような気もしているし、書くという表現方法とは全く違っても、何回かやってみるうちに、自分では気が付かなかった何かが見えてくるかもしれないね。

 

──私の世代では、雑誌『ホットドッグ・プレス』(講談社)での北方さんの青春人生相談「試みの地平線」がとても印象的です。

 

 あの人生相談はいまだに、印象に残っているとたくさんの人に言われるな。あれだけはやめてほしくないって言われたし、当時のことを覚えてる人から「自分のところでもあの頃のような人生相談をやってくれませんか」なんて言われたりもする。

 

 昔も今も、若い人の悩みなんて変わらないものだよ。確かに16年間の連載中は、読んでくれていた連中に私の言葉がぐさぐさと刺さっていた。私自身も、彼らの若さに対してちゃんと触手、アンテナが伸びていた。若さが何なのかっていうことを、イヤっていうほど感じながらやっていたよ。

 

 今も自分の言葉が若者にささるかは分からないが、若いやつらとのつながりはいろいろな形で持ち続けている。説教とかではなくてね。その感覚は失ってないし、それこそVoicyでもやるかもしれないし、トークショーでもやるかもしれない。振り返ってみると、書くこと以外にもいろいろやってきたし、これからも挑戦していきたいね。

 

 

最後の長編小説にも意欲

 

 

──直木賞の選考委員を退任されたとき、「この経験を生かして最後の長編に臨みたい」というコメントをされていました。

 

 直木賞っていうのは社会的な波及性、影響力がものすごい賞だ。その選考委員を長年務めながら、作家は社会的な権威と相反するところにいるべきという思いと、一方で社会的な賞は誰かがきちんと選ばなきゃいけないといった思いがずっとあった。そして、年齢のタイミングもあり、もういいだろうと思ってやめたという感じだ。

 

 それは、ある意味で最後の長編を書くためでもあるし、本当の作家の立ち位置に戻ろうという思いもある。それで「何を書くんですか」と聞きたいだろうが、それはまだ言えない。企業秘密だ(笑い)。

 

 最後の長編小説をいったん始めたら5、6年かかるだろう。例えば2年準備して5、6年かかったら80代半ば。途中で力尽きて書けなくなるかもしれない。「チンギス紀」だって17巻まで、相当な時間をかけて書いてきた。読者からよく「完結させてください」って言われたよ。

 

 だから、次の作品はそのときの自分の全て、自分にくっついてる余計なものは全部振り落として、本当の素っ裸の作家として書きたいなと思っている。最後の作品だから、しっかりと準備し、やることを全部やって、力の限り書くよ。

 

──ありがとうございました。

 

北方謙三(きたかた・けんぞう)

 作家。1947年佐賀県唐津市生まれ。中央大学法学部卒業。81年『弔鐘はるかなり』で単行本デビュー。83年『眠りなき夜』で第4回吉川英治文学新人賞、85年『渇きの街』で第38回日本推理作家協会賞長編部門、91年『破軍の星』で第4回柴田錬三郎賞を受賞。2004年『楊家将』で第38回吉川英治文学賞、05年『水滸伝』(全19巻)で第9回司馬遼太郎賞、07年『独り群せず』で第1回舟橋聖一文学賞、10年に第13回日本ミステリー文学大賞、11年『楊令伝』(全15巻)で第65回毎日出版文化賞特別賞を受賞。13年に紫綬褒章を受章。16年、第64回菊池寛賞を受賞。20年、旭日小綬章を受章。『三国志』(全13巻)、『史記武帝紀』(全7巻)ほか、著書多数

 

北方謙三事務所公式Twitter=https://twitter.com/kitakata_office

 

北方謙三Voicyチャンネル「幻の謙三通信」=https://voicy.jp/channel/3437