創元社130周年記念インタビュー 矢部 敬一社長 に聞く

2022年6月9日

ダイレクトマーケティングで新時代に対応

 

130周年を迎えた創元社4代目社長・矢部敬一氏

 

「継承」と「改革」両輪で挑む

 

 金沢出身の矢部外次郎氏(1865―1948)が大阪の印刷・製本や、キリスト教関連の新聞発行などを手掛ける会社に入社し、92(明25)年、同社で働きながら開設した書店「矢部晴雲堂」が創元社の起源。その後、取次業にも参入する。2代目・矢部良策氏(1893―1973)は、関東大震災で大打撃を受けた東京の出版界を見て、関西にも出版文化を構築する必要性を強く感じ、震災の2年後に出版部門「創元社」を新設。第一作『文芸辞典』を皮切りに、同社最大のロングセラー累計500万部を超える『人を動かす』(D・カーネギー)などを生み出した。3代目・矢部文治氏が掲げた「常にクリエイティブな精神で新しいテーマを探究する」、「ベストセラーよりロングセラーを心掛けて堅実経営に徹する」の理念を守り続け、今年130周年を迎えた。4代目・矢部敬一社長に130周年企画の概要、新たに取り組む施策、今後の方向性などを聞いた。            【堀雅視】

 

戦前、戦後、災害乗り越えて

 

――130年を迎え一言と、歴代社長の紹介をお願いします。

 

 「老舗」と言われる会社はどこも同じですが、先人らは激動の時代を生き抜き、今日を迎えています。感謝と敬愛の気持ちでいっぱいです。

 

 初代・矢部外次郎の時代には江戸から明治に変わり、キリスト教はじめ、西洋文明がすさまじい勢いで日本に入り、外次郎自身も改宗するほどキリストの教えに影響を受けました。当社が今もキリスト関連本を多く出版しているのはその流れを汲んでいます。

 

 祖父・良策はアイデアマン。関東大震災を起因に大阪で出版社を立ち上げますが、その行動力にも驚かされます。

 

 父(文治)からは「会社を大きくし過ぎるな」、「悪くなると一気に衰退する」と言われました。昨今の出版界を見渡せば正しい見解だったと思います。

 

――多くのターニングポイントがあったのでは。

 

 外次郎のキリスト教改宗、良策の出版社設立など節目となった出来事はいくつもあります。『人を動かす』は良策が教会で知り合った英字新聞の記者に原作を渡されたことがきっかけです。

 

 出版界としては、昭和以降、戦後の一時期を除いて基本的に右肩上がりの成長を続け、他業界では「オイルショック」や「リーマンショック」などに影響を受けるなど波がありましたが、出版は不況のない業界とされてきました。それゆえ体制やルールを変えなかったので、昨今の急激な変化に対応できず、厳しくなっているのではないでしょうか。変化すべきときに変わらなかったことも悪い意味でのターニングポイントと言えるかも知れません。

 

――心理学や歴史など人文系のイメージですが、『世界で一番美しい元素図鑑』(2010年)は大ヒットでしたね。

 

 定説を覆すような大発見がある自然科学系と比べて、人文系は専門領域に入り込んでいき、ビジネス的観点から、当社の引き出しを増やす必要がありました。ヒットの要因は、内容や写真の美しさもさることながら、刊行の半年前に専用アプリを発表したことです。

 

 当社としては初めての販売戦略でした。先にアプリを出すと本が売れなくなると思い心配したのですが、逆の結果に。デジタル化が紙の本の販売を阻害するものではないことを認識しました。

 

部署横断で顧客ニーズつかむ

 

――5年前のインタビューで「変革」、「挑戦」を強調されていました。

 

 情報媒体の多様化、Eコマースの発展によって流通形態が大きく変わってきました。取次→書店ルートの数字は落ち込み、書店数も減少しています。従来の取引スタイル一辺倒では立ち行かなくなると考え、ダイレクトマーケティングに力を入れています。

 

――具体的にどういったものですか。

 

 読者に商品が届く方法・選択肢が広がるなか、当社でもホームページからの直接購入が増えています。その傾向に着目し、読者と直接コミュニケーションを図っています。

 

 読書傾向、年齢、ニーズなどのデータを収集・蓄積し、商品情報をはじめ、セミナーの案内などサービスを提供します。やり取りのなかで読者の嗜好も見えてきて、商品づくりに生かすことができます。

 

 これまで読者との直接コンタクトを意識することはあまりなかったのですが、新しいビジネスモデルを構築しようと計画を進めています。HP閲覧者の分析により、一人の読者がどういった作品を求めているのか、また、法人顧客は一般読者とは違う観点から当社の商品を求めているなど、これまで見えなかったものが見えたりもします。

 

――どの部署が担当しているのですか。

 

 編集、営業といったセクションに捉われず、組織横断型の委員会を発足しました。現在、HP・SNS委員会、マーケティング委員会、130周年記念委員会の3つが稼働しています。

 

 編集は編集、営業は営業といった縄張り意識を取り払ったことが奏功したのか、これまでより活発な意見、アイデアが出てきます。

 

 無論、当社商品のネット購入は、専門のネット書店経由の割合が多いですが、この施策に注力することでダイレクトマーケティングはさらに伸びると確信しています。

 

創元社が取り組むダイレクトマーケティング

 

大変革期到来

 

――大阪出版協会理事長や書協の理事などを務められていますが、昨今の出版界について。

 

 コミュニケーション不足によってビジネスチャンスを逃している面が多々見受けられます。書店に欲しい本が欲しい冊数届かない。それだけならまだしも望まない本が届く。これでは読者が求めることを理解できず、ビジネスとして成長しません。読者に対しても、業界内に向けてもコミュニケーションが重要な時代です。データ分析やAI活用の進展で、新しい業界標準が構築されることを期待しています。

 

――それほど時代は変わっていると。

 

 明治時代の初期に、木版印刷から活版印刷へと切り替わったことで、出版業界は新しい時代を迎えることになりました。しかし、Windows95登場、2000年アマゾン日本語サイトオープン、01年グーグル日本法人の活動開始。これらはデジタルネットワークの本格化を意味し、「木版から活版」と同レベルでドラスティックな変革が起き、まさに今その渦中にいるのだと考えています。

 

130周年フェア書店の反響大

 

――130周年記念企画の概要を教えてください。

 

 「図説 日本の城と城下町」シリーズ(全10巻)を開始しました。第一巻は『大阪城』(北川央監修)。日本史学者で大阪城天守閣館長も務めた北川先生の集大成的な作品です。二巻『姫路城』も同時に刊行しました。城ブームを背景に需要が見込めますが、ガイドブックというより、現代地図と古地図を掲載し、歴史的な視点で当時と今の違いを読み解くなど、深掘りしたい城ファンの期待に応える内容に仕上がりました。

 

130周年記念出版「図説 日本の城と城下町」①『大阪城』

②『姫路城』

 

 09年にスタートしたシリーズ「アルケミスト双書」で、評論家の山田五郎さんに執筆いただいた「闇の西洋絵画史」〈黒の闇〉篇(5巻)、〈白の闇〉篇(5巻)の全10巻が1月に完成し、好調に動いています。絵の専門家ではない山田さん独特の感性で西洋絵画を厳選し、テーマに「怪物」、「横死」といった少々奇妙な、また、「悪魔」、「天使」といった逆説的な面白い仕掛けも含むなど、山田さんらしいユニークな切り口で詳説しています。

 

アルケミスト双書「闇の西洋絵画史」シリーズ 〈黒の闇〉篇/〈白の闇〉篇 全10巻

 

――書店に記念フェアの提案をされていますね。

 

 ロングセラー中心の基本セット30点やジャンル別セット20点を用意しました。展示用の看板、POP、当社キャラクター「ソジー」のぬいぐるみも提供します。また、来店客配布用に特製ブックカタログ、ソジーのしおりも用意しました。5月時点で約100店舗から申し込みをいただいています。今後も期待を裏切らない良書を生み出していきたいと強く思います。

 

創元社キャラクター「ソジー」を手に矢部氏

 

出版社の固定概念変えたい

 

――目指す方向性は。

 

 「出版社」という固定概念を変えていきたいですね。昔は、「書肆」や「書林」といった形態で出版もすれば販売もする、今のように書店、取次、出版社という区割りがはっきり分かれていませんでした。形に捉われず、いろいろなビジネスを取り入れて個性的な存在に発展したいと考えています。

 

 すでに書店でも本を売る以外に、例えばセミナーなどに取り組むなど、独自色を出し始めています。強い武器はしっかり残し、文化的価値をさらに高める。当社もそういった立ち位置で活動していきます。出版社ではなく、出版もやっているし、いろんなことに取り組む「創元社」という文化事業体を構築して次の世代につなげていければと思っています。

 

――有り難うございました。