第35回三島由紀夫賞は岡田利規さん「ブロッコリー・レボリューション」 山本周五郎賞は砂原浩太朗さん『黛家の兄弟』に

2022年5月30日

 新潮文化財団は5月16日、都内で第35回「三島由紀夫賞」、第35回「山本周五郎賞」の選考会を開き、各選考委員による協議の結果、岡田利規「ブロッコリー・レボリューション」(「新潮」2022年2月号)を三島由紀夫賞に、砂原浩太朗『黛家の兄弟』(講談社)を山本周五郎賞にそれぞれ選出した。

 

山本周五郎賞を受賞した砂原浩太朗さん(左)、三島由紀夫賞を受賞した岡田利規さん

 


 選考結果発表会で、三島賞の選考委員を代表して、多和田葉子氏がコメント。「大変面白い作品が多く、読むことの快楽を与えてくれた選考だった」と語った。

 

 受賞作については、語り手の人称に着目し、「僕」という一人称で進む物語は、普通であれば僕の知り得ない事実に言及されることはない。一方、三人称であれば「神の視点」として、すべてのことを見通す語り手にできる。こういった自然と従っているルールに従わず、「僕」が知り得ないことも「君のことはわからないけれど、君はこうしているだろう」と語っている様を、「小説というものの盲点をついていて面白い」と評した。

 

 また、タイへの旅行者の目線で市民の政治運動を描いている点も重視。作中の「ブロッコリー革命」が、香港や台湾の市民運動、さらにハンガリーのオレンジ革命をも想起させるとして、ロシアのウクライナ侵攻が始まる前に書かれた作品ではあるものの、期せずして予言するかのような作品になった「小説の力」も素晴らしい点のひとつであると称えた。

 

 これに対して著者の岡田氏は、人称に関しては「センスで書いたもの」だと答えた。作中の「僕」「君」双方にある程度自分自身が反映されているとしながら、その両者の関係のとり方を、「僕」の知らないことすら「君はこうした」と書くことによって暴力性が生まれ、それが「意味のあるもの、効果のあるものになると考えたから」だという。

 

 氏にとって小説を書く一番のモチベーションは「描写をしたいから」だという。描写をすれば小説になるわけではなく、物語・世界観を創ることについては、それほどできているわけではないと自己分析。しかし、小説家として活動する前から演劇カンパニー・チェルフィッシュを主宰する劇作家としての顔をもち、岸田國士戯曲賞や鶴屋南北戯曲賞も獲得している氏にとっては、戯曲賞で演劇を続けていける可能性を与えられたと感じたことと同様に、「今回の受賞も励みとして小説家として書き続ける」と語った。

 

 山本賞の選考委員からは、三浦しをん氏が代表して「いずれも力作だった」という選考経過を報告した。中でも『黛家の兄弟』は、世界観や文章の完成度、江戸時代の武家の人々の暮らしの描写など、「非常に端正」と評した。

 

 今作は架空の藩・神山藩を舞台とするシリーズの第2作であり、前作『高瀬庄左衛門御留書』は前回の山本賞にノミネートされていたものの、惜しくも受賞は逃している。その前作以上に、読者を楽しませるエンターテイメント的な展開や仕掛けがグレードアップしていると同時に、非常に読みやすく香り高い文章でもあり、「このシリーズは、今後より多くの読者を楽しませることは間違いない」と今後の展開にも期待を寄せた。

 

 今回2年越しで受賞に輝いた砂原氏は、時代小説の書き手であるからこそ、「山本周五郎の名を冠する賞は特別なもの」と、その名の大きさをひしひし感じていた様子で、受賞の喜びをかみしめていた。

 

 高い評価を得た格調高い文章については、編集者として出版社に勤務した後、フリーランスで働いていた頃の経験が大きかったという。校正、あるいは自費出版の原稿の手直しといった仕事を通して、「良い文章とはこういうもの」という自分なりのメソッドができあがってきたと語った。

 

 今後の執筆活動については「1作1作に全力投球したい」としつつ、読者に面白く読んでもらって、「読後には人生の奥行きみたいなものが残れば良い。そういう作品を書き続けていきたい」と意欲を示していた。