【デジタルトレンド】急成長するオーディオブック市場 オーディブルが「聴き放題」サービス参入(堀鉄彦)

2022年1月26日

 アマゾンオーディブルは、運営するオーディオブックサービス「オーディブル」が、1 月27 日から「聴き放題サービス」を導入すると発表した。ラインナップなど、サービスの詳細は開始後明らかにするが、月間1 冊のみ無料だったこれまでとは比較にならないバージョンアップとなりそうだ。「聴き放題」化の波は、日本のオーディオブック市場を欧米並みに拡大する契機となるのだろうか。

【コンテンツジャパン代表取締役・堀鉄彦】

 

海外では電子書籍に迫る市場規模に

 

全米出版協会調べの出版市場。21年11月時点でオーディオブックの比率は6・9%。電子書籍に迫る規模となっている

 

 オーディオブックの市場は、米国や中国ではすでに大きな市場となっている。全米出版協会(AAP)によると、2020年の市場規模はオーディオブックに相当する「ダウンロードオーディオ」が前年比13.2 % の伸びとなり、売り上げは14 億2000 万ドルに達していた。

 

 1 月2 日に発表した2021 年11 月期の月間データでは、売り上げが前年同期比21.9% 増の6830 万ドルで比率は6.9%。電子書籍に迫る規模となっている。

 

 中国市場も、最大手ヒマラヤの2020 年売り上げが40.5 億人民元(約730 億円)に達するなど急速に成長しており、2025 年の市場規模は62.8 億人民元(約1100 億円)に達すると予想されているほどだ。

 

 コンサルティング会社のデロイトは、世界市場の7 割が米中で占められ、今後数年間20 から25%の成長が続くと予測している。

 

音楽配信「スポティファイ」取次最大手を買収

 

 オーディオブックは、数少ない急成長市場だけに、さまざまな企業が参入し、新しいテクノロジーも導入されている。特に注目されているのが、音楽配信大手のスポティファイだ。

 

 同社は昨年5 月、オーディブルの対抗勢力として一番手にもあげられるストーリーテルと提携。11 月にはオーディオブック取次最大手のフィンダウエイを買収するなど、ここにきて矢継ぎ早に手を打っている。

 

 スポティファイはストーリーテルのコンテンツを、新たに開発したサードパーティ事業者向けのコンテンツ配信プラットフォーム「オープンアクセスプラットフォーム」を使って配信する。

 

 「オープンアクセスプラットフォーム」の特徴は、出版社やクリエイター個人が直接管理し、独自のサブスクサービスを展開できる点だ。メルマガ配信のサブスタック音声コンテンツ版といっていいような仕立てで、いわゆる「クリエイターエコノミー」のプラットフォームでもある。

 

 昨年5 月の発表時点で、すでにストーリーテルのほかに、有力メディアのひとつであるボックスメディア、スレートなどが契約企業として名乗りを上げている。多彩な企業がこのプラットフォームを使って、ポッドキャスティングなども含めた音声コンテンツ課金ビジネスを展開していく予定だ。

 

 なお、スポティファイのプラットフォーム利用を発表したストーリーテルは、昨年末、米国の有力オーディオブック事業者であるオーディオブックドットコムを買収した。米国市場を、スポティファイとの連携で攻めるための態勢を整えている。

 

日本市場の本格的な成長はこれから

 

聴き放題サービス開始を告知するオーディブル

 

 世界的には盛り上がるオーディオブック市場だが、日本の市場規模は21 年度が140 億円、24 年度に260 億円(日本能率協会総合研究所予測)。欧米や中国に比べると、まだまだといった状況だ。

 

 市場拡大が遅れた理由のひとつとされてきたのは、「読書環境」の違いだ。米国ではクルマ通勤が主流。「運転をしながら聴いている」読者の人数が多いから、オーディオブックのニーズが高いという話だ。

 

 もうひとつ違うのが価格。米国では、書籍や電子書籍より安い価格で販売されることが多いが、日本では電子書籍より高い値付けで提供されることがほとんど。少なくともこれまでは「馴染みがなく、敷居が高い」コンテンツとして扱われてきたのは否めない。

 

 そんな状況を打破する切り札として期待されているのが「聴き放題サービス」の導入だ。

 

オトバンクは18 年からスタートし、大きな成果

 

「オーディブル聴き放題プラン」の内容

 

 日本では、オトバンクが2018年3 月に、オーディオブックの聴き放題サービスを開始した。1 冊ごとの販売に加え、出版社からの許諾が下りたコンテンツのすべてについて、月額750 円の「オーディオブック聴き放題プラン」で聴けるようにした。

 

 聴き放題導入の成果は大きく、これまでに「利用数で5、6 倍、売り上げも数倍近い伸びを示した」(オトバンクの久保田裕也社長)と話す。

 

 そして、今回アマゾンオーディブルによる「聴き放題」開始だ。同社は、オーディオブック配信サービスのオーディブルにおいて、「聴き放題サービス」を1 月27 日から提供すると発表した。

 

 月額1500 円の料金は据え置きつつ、12 万点以上の作品を自由に楽しめる「聴き放題サービス」に加える。

 

 オーディブルはこれまでも月額会員制のサービスとして運営されてきたが、追加料金なしでのオーディオブックの提供は、毎月1 冊のみに限られていた。サービスリニューアルに会わせて、ダウンロード必須のオフライン再生に加えて、ストリーミング再生にも対応する予定だ。

 

制作コスト低減の切り札は自動音声

 

 

 オーディオブック市場拡大のための課題のひとつが、制作コストの高さだ。

 

 ナレーターを使うため、制作プロセスは基本アナログで、それが書籍との同時発行が難しくなる要因ともなっている。そこで期待されるのが、AI を使った音声技術の利用だ。

 

 米国ではすでに、書籍取次大手のイングラムが昨年9 月から、英国のAI ベンチャーのディープゼンと組んで、テキストデータ自動音声化のサービスを開始している。1 時間あたり140 ドルからと破格のコストながら、抑揚がつけられたかなり自然な音声で再生可能になっている(ホームページ上でサンプルを試聴可能)。

 

 ディープゼンは、2019 年には世界初のデジタルナレーション付きオーディオブックを制作した。プロのナレーターや俳優の音声を、オーディオブック用に登録し、出版社が適切だと思った音声データを選ぶと、その俳優の声でコンテンツが半自動的に制作される。怒りや悲しみなど感情を表現することもでき、間合いやイントネーションなども再現するという。

 

 日本でもオトバンクが、音声合成ベンチャーのPKSHATechnology と共同で、独自のAI 音声合成サービス「カタリテ」を開発している。PKSHA が開発したアクセント推定技術「tdmelodic」使うことで、自然な表現を可能にした。すでに「日経電子版」の音声配信を開始している。

 

 また、コエフォントは、人の声をフォントのように扱えるサービス「コエフォント」を提供中。プレジデント社や小学館の書籍を、オーディオブック化する実験を行っているところだ。

 

 AI を利用すればオーディオブックの制作コストは劇的に下がる。制作時間も短縮されるため、書籍・電子書籍との同時発売も容易になるはずだ。

 

 今後はたとえば、聴き放題用にはAI 音声で提供し、単品販売ではナレーター入力というような、クオリティに差をつけた使い分けも始まるかも知れない。

 

イングラムがディープゼンと共同で始めたオーディオブック自動制作サービスの料金。1 時間あたり140 ドル(約1 万5000 円)でテキストデータの音声化が可能

 

急速な市場拡大は確実な状況に

 

 オーディオブック大手2 社の聴き放題サービスが揃ったことで、日本でもこれからいよいよ市場拡大にもはずみがつくことになりそうだ。大手ではスポティファイに続き、アップルのオーディオブック聴き放題サービス参入も報じられており、サービス拡充・市場拡大が続くことは間違いない。オーディオブックが、出版市場を支える次の柱になる日も近いかも知れない。