【詳報】文化通信社 創業75周年記念シンポ 出版社×書店×取次トップ対談、これからの出版業界のあるべき形を考える

2021年9月2日

 文化通信社は7月13日、創業75周年を記念したシンポジウム「出版社×書店×取次トップ対談 これからの出版業界のあるべき形を考える」を東京・千代田区の神田明神文化交流館「EDOCCO STUDIO」(エドッコスタジオ)で開催した。

 

 当日の模様はオンラインでも配信。第1部は有隣堂・松信健太郎社長と日本出版販売(日販)・奥村景二社長が、第2部は河出書房新社・小野寺優社長(日本書籍出版協会理事長)とトーハン・近藤敏貴社長が登壇。出版社、書店、取次のトップリーダーがそれぞれの立場から出版業界の展望について語り合った。第1部、第2部ともに司会は文化通信社・星野渉専務取締役が務めた。

 


 

第1部「これからの流通・取引制度と書店のあり方」

左から文化通信社・星野渉専務取締役、日販・奥村景二社長、有隣堂・松信健太郎社長

 

 星野 第1部では、これからの出版流通がどうなっていくのか。特に書店はどうあるべきなのかを語っていただきたいと思います。

 

有隣堂・松信健太郎社長

 

 松信 まず近況を申し上げますと昨年の9月1日、有隣堂の代表取締役社長に就任しました。ただ、就任する前から実務的なところには関わっていて、入社してからの14年間、書店の店売事業を担当していました。現在も代表取締役社長と店売事業本部長を兼任し、店売事業に重きを置いて業務をしています。

 

 大きく進めてきたのは既存店・既存商品、いわゆる本のビジネスの立て直しと再構築、もう一つが新業態の推進です。ベースにあるのは従来のやり方で紙書籍の販売だけをしていたら、今後の成長は見込めず、生き残ることもできないという危機感です。

 

 後者の新業態推進についてはカフェ併設店舗を作り、2018年には「HIBIYA CENTRAL MARKET(ヒビヤ セントラルマーケット)」、19年に「誠品生活日本橋」、20年に「STORY STORY YOKOHAMA(ストーリー ストーリー ヨコハマ)」を開店しました。いわゆる普通の書店ではない新業態をオープンさせています。刈り取りはまだですし、課題もありますが、種まきはできたと思っています。

 

 星野 新型コロナウイルスの影響はどうでしたか。

 

 松信 19年の12月頃から、コロナ禍が始まったと認識しています。去年の4月と5月は、ほとんど店を開けることが出来ず、その影響は甚大でした。有隣堂の昨年8月に締まった決算は、かなり厳しい赤字を計上してしまいました。

 

 特に有隣堂は東京と神奈川の駅ビルなどで商売をしているので影響は大きかったです。営業時間は契約ベースの80%削減となり、利益を出すのに必要な売り上げがあげられない状況でした。一般的に書籍は、「巣ごもり需要」があって良かったと聞いていますが、少なくとも弊社はそれを感じていませんでした。

 

 ただ、この例外的な局面に話を絞っては仕方がありませんので、コロナ禍の影響が出る前の書店の経営に関するいくつかの数字を比較していこうと思います。日販の書店経営指標によると、全国の書店売上高について09年は1兆9356億円でしたが、19年は1兆2360億円に落ち込んでいます。10年で約7000億円減少(36・1%減)しています。

 

 次に有隣堂の店売事業ですが、09年は文具も入れて280億円、19年が241億円、10年で13・9%減となりました。効率についても調べてみたところ、全国の書店の月坪売上は09年が平均15万8000円、19年は平均11万9000円で、24・7%減となっています。有隣堂の具体的な数字はご容赦いただきたいのですが、10年で約30%減となっています。

 

 市場は10年で6割となったのに対して、有隣堂は86%と市場の縮小率よりは健闘できました。しかし、月坪効率でみると全国が10年で75・3%となったのに対し、有隣堂は5ポイント近く減少幅が大きかったです。弊社で言うと販売効率の低下が著しい状況だと感じています。

 

 また、書籍専業店の全国平均の粗利は09年が21・59%、18年が23・02 %。粗利率としては1・43ポイント上がっているという状況のようです。有隣堂でみますと10年間で粗利は0・6ポイント上がっています。

 

 全国における09 年の返品率は書籍が40・6%、19年が35 ・7%。4・9ポイント改善しています。それに対して有隣堂は09年の返品が33・53%、19年の返品率が26・37%ということで7・2ポイント返品率が下がっています。

 

 これをみると全国の書店さんも有隣堂も返品を削減してきています。しかし、返品率を下げることによって生まれる原資を書店に還元して、書店の粗利をアップするという流れは、残念ながら実現していないのかなと思います。

 

 最後にコストですが、全国書店の人件費は10年で2・7%アップ、有隣堂でも0・7%アップしています。

 

 最低賃金が10年間で東京も神奈川も222円上昇し、16年には社会保険適応拡大もインパクトが大きかったと思います。また、施設費もデベロッパーさんに書店のシャワー効果が理解されにくくなってきていて、他の業種業態と同一の賃料を要求されるようになってきました。それからキャッシュレス社会の到来で、カード決済手数料は伸び続けています。

 

 まとめると今の書店の置かれている状況は、マーケットの縮小がしばらく続くのを甘んじて受け入れるほかありません。書籍・雑誌のV字回復は描きづらく、人件費や支払手数料の問題もあり、他の商材を置くなどを除けば、書店が存続していくには粗利の改善が必要です。

 

従来とは違うことに取り組む

 

 星野 奥村社長には出版流通の根幹を担っている取次の立場から、出版流通と書店の状況についてお話しいただけるでしょうか。

 

日本出版販売・奥村景二社長

 奥村 20年5月から21年3月にかけて、日販と取引している書店の店頭POSは総じて好調でした。ところが、今年度に入った4月以降、昨年の数字が異常値でしたので、その反動から数字がダウンしています。

 

 こうした状況を見てみると、コロナ禍が起こる19年以前から出版市場のトレンドそのものはあまり変わっていません。そんな中で、我々が最大の危機だと感じているのは輸配送です。出版輸送をお願いしている運送会社の持続性が危機に瀕し、構造的に支えきれない状況となっています。

 

 書店の状況ですが、松信社長が言及された数字と重複する部分はありますが、日販グループ書店でさまざまな取り組みを含めたインセンティブを合わせても粗利率は約25%程度です。日本政策金融公庫の調査によれば書籍・雑誌小売業の粗利率は22・8%、これに対して小売業全体の粗利率は37・5%と大きな差があります。

 

 同じ調査で、書店の販管費が21・5%なので、営業利益率は1・3%になってしまっています。一方で小売業全体の販管費は35・1%もありますが、粗利が高いので営業利益率は2%を超えています。人件費についても似たような状況です。

 

 流通改革の中で、書店の粗利を高めていくようなアクションをしていくというのが喫緊の課題であり、取り組まなければならないことだと考えています。

 

 星野 これからの書店の可能性についてはどうですか。

 

 奥村 流通課題とは別の切り口として、「書店の可能性」「本の可能性」は高めていかなければと思っています。出版社はさまざまなプロモーションやメディアの露出で、いろいろな取り組みしています。書店は店頭で本のリコメンドをしてもらっています。ですが、業界全体で、もっと消費者読者に対して、本が高いと思われないような努力は続けていく必要があると考えています。

 

 また、書店の形では、モデル作りを推進していきます。我々の取り組みでいえば、日販子会社のリブロプラスが運営している「文喫」のビジネスモデルは、入場料を単に取っているわけではありません。料金を払ってでも「文喫」に行かなければならない理由、空間の居心地であるとか、そういったものを求めている消費者が実際に存在しているから成り立っています。

 

 ローソンと連携し、コンビニエンスストアと書店が一体化した新ブランド「LAWSONマチの本屋さん」も6月に第1弾となる「ローソン狭山南入曽店」を埼玉県にオープンしました。今後も店舗展開を拡大していきたいと思っています。本当に成立するのかどうかも含めて、今から進めていこうと思っています。このほかにも、今までの取り組みとは違うことを日販は取り組んでいきます。

 

 星野 書店の新しい書店ビジネスを進めていくうえで、これからの有隣堂のあり方をお話いただけますか。

 

 松信 奥村社長が指摘されたように、新しい書店のモデル作りは続けていかなければなりません。書店側からすると、新しい業態を作るというようなことになりますが、すぐ上手くいくものでもないと考えています。最初に奥村社長がおっしゃっていた「本の可能性」もしっかり追求していく必要があります。

 

 「本」と言ってしまうと有体物になってしまいますが、大手総合出版社はコンテンツメーカーあるいはIPメーカーとなり、ビジネスモデルが変わってきたと感じています。大手総合出版社がコンテンツメーカーにビジネスモデルを転換しつつある中では、書店も変わっていかなければなりません。

 

 紙の本も含めた新しいコンテンツでビジネスを行う道も視野に入れて、出版社が作りだしたコンテンツに対するプロモーションの場、データマーケティングの場として、書店を活用していくビジネスを行っていく必要があると考えています。

 

 星野 有隣堂はYouTubeチャンネルを開設するなど、書店としても新しいプロモーションに取り組まれていますね。

 

 松信 宣伝となってしまいますが、昨年6月からYouTubeチャンネルを開設しています。7月現在でチャンネル登録者が6万9000人となっています。期末までに10万を目指していますので、登録をされていない方は「有隣堂しか知らない世界」で検索して、ぜひ登録をお願いいたします。本や文房具の世界を、社員が愛をこめてお伝えするチャンネルとなっています。

 

 星野 今の書店の状況を改善し、活性化していこうとする中で日販が行っている施策について教えていただけますか。

 

 奥村 実証実験で書店と出版社に対して、書店マージン30%を目指す「PPIプレミアム」を実施してきました。現在、出版社11社と一緒に取り組んで、昨年度の結果が売上前年比で104・7%となりました。返品率は21・9%、他店との比較で8・2ポイント低い数値となっています。

 

 結果としてマージン改善率は11社で5・6ポイントとなりました。これをさらに拡大させていくことが最良と考えています。データをオープン化しながら、AIを使ったマーケティングでより精度を高めていき、新刊から補充の発注まで対応できるシステムにしていく方針です。また、高いシェアでなければ、全体のマージン改善につながらないので、より多くの出版社と書店に参加を呼びかけています。

 

RFIDのインフラ実現へ

 

 星野 先日、丸紅と出版社3社が、「AIの活用による業務効率化事業」と「RFID活用事業」を手掛ける新会社を設立すると発表がありましたが、どのように受け止められていますか。

 

 奥村 少しだけ説明を受けた程度なので、全体像までは把握できておりませんが、需要予測やマーケティングデータの活用は我々が見ている方向と一致していると思います。協力できるタイミングがどこかで出てくればいいなと考えています。

 

 それとRFID(電子タグ) について、我々は流通面から研究をしています。出版社から商品を搬入いただき、書店で販売する工程の中での効果は、とても大きいと考えています。ただ、装着や販売時点で、どの程度の効果があるのかは不透明ではあります。

 

 松信 丸紅と出版社3社が発表されたのはAI活用とRFIDだけがオープンになっていますが、現段階で具体的な内容は明らかになっていないので、何とも言いようがないというところです。丸紅という今まで出版業界にいなかった大企業が参入し、これからは新しい展開が起こるのではないかとの期待を抱いています。

 

 それともう一つ、これは声を大にしてお願いをしたいのですが、RFIDの実用化というのは、本当にぜひ実現していただきたいというふうに思っています。以前からずっと言われてることですが、なかなか実現しないという認識でいます。

 

 これが実装されれば、在庫精度の向上、返品時のオペレーション軽減と正確性、レジでの会計時間の短縮、お客様の利便性に直結する話ならセルフレジの推進など、ほかにも万引き防止、棚卸し業務の効率化、業務の効率化においては書店にとって計り知れない効果があると思います。

 

 こちらがメインのテーマとなるかと思いますが、業界全体がマーケットインの思想で運営していく中、オペレーションを変えていくには、書店店頭でのデータマーケティングが不可欠です。RFIDはマーケットインを強力に推進するツールだと思っています。なので、本当にこれはぜひ進めてほしいです。

 

 書店全ての総意かは分かりませんが、大多数の書店はRFIDの導入を望んでいるはずです。インフラとする方向で、議論を進めていただきたいと思います。

 

 ただし、書店の立場で言うと、全ての商品についていることが望ましいです。一部にだけついていても意味がない。邪魔とまでは言いませんが、効果は激減してしまいます。全ての商品についているという景色を早く見たいですし、そのために私たちに出来ることがあれば協力したいと思います。

 


 

第2部「出版業界の再構築に向けて必要な取り組みとは」

左から文化通信社・星野渉専務取締役、トーハン・近藤敏貴社長、河出書房新社・小野寺優社長

 

 星野 第1部では書店と取次の対談でしたが、第2部は出版社と取次と組み合わせを変えて対談を進めていきます。また、近藤社長は出版文化産業振興財団(JPIC)の理事長に就任されています。業界団体の中で進めていく取り組みについても、お聞きしていこうと思います。まず、小野寺社長にお聞きしますが、新型コロナウイルスでどのような影響を受けましたか。

 

河出書房新社・小野寺優社長

 

 小野寺 本日は書協の理事長としてではなく、基本的に書籍出版社の社長という立場からお話をしたいと思っております。河出書房新社および個人としての発言ということで、受け止めていただければ幸いです。

 

 出版科学研究所によると2020年の出版市場は紙が微減したものの、電子を合わせると4・8%増と2年連続でプラスでした。コミックはもちろん、学参、児童書、ビジネス書は好調だったと耳にしています。

 

 河出書房新社でも在宅時間の増加を受けてか、「大人の塗り絵シリーズ」が部数を伸ばし、毎年開催しているそのコンテストも、過去最高の応募数になりました。また、肌感覚ですが久しぶりに文芸書への注目が高まっている印象を受けています。昨年の「本屋大賞」を受賞した『流浪の月』(東京創元社)、それから今年の『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社)、ともに素晴らしい売れ行きだと聞いております。

 

 河出書房新社で言えば、芥川賞をいただいた『推し、燃ゆ』、全米図書賞(翻訳文学部門)を受賞した『JR上野駅公園口』などが、これまで以上に多くの方に読んでいただけました。もしかしたらコロナ禍で憂鬱なニュースがどうしても多いなか、人々が日常から離れる物語を欲していたのかとも思います。こうした面に限っては、コロナ禍は本の売れ行きの後押しになったと思います。

 

 ただ、一方で多くの書店さんが休業せざるを得ない状況となり、大変ご苦労をなさったのは知っての通りです。また、出版社も、慣れないリモートワークへの移行に苦労し、費用もかかりました。実務に限れば、編集部や営業部は比較的うまく移行できましたが、総務部と制作部は業務内容から、なかなかリモートワークができず、これは現在も課題として残っています。

 

 また、コロナ禍の間、編集者が新しい作家へのアプローチや企画の仕込みを十分にできず、その結果、ここに来て企画が不足してきたと感じています。出版社においては、これからコロナ禍の影響を受けていくのではないかと危機感を覚えています。

 

 星野 文芸書においても電子書籍は伸びましたか。

 

 小野寺 文芸書を中心としている河出書房新社でも電子書籍は伸びました。ただ、これは各社で違うのかもしれませんが、文芸書全般というよりもキラーコンテンツの有無に左右されている印象があります。 

 

 星野 近藤社長にお聞きします。トーハンは全国にグループ書店を展開されていますが、市場への影響はどうでしたか。

 

 近藤 昨年は巣ごもりで特需だったと思います。売り上げが悪化した店舗もあれば、良くなった店舗もありますが、均してみると非常に良かったです。それに加えて『鬼滅の刃』(集英社)という特殊要因もありました。

 

 一方で今年はショッキングなくらい良くない数字が出ています。弊社グループに限らず、書店さんはとても頑張っているのですが、昨年は特需的な面が強く現れただけに過ぎず、出版業界で山積みになっている問題は基本的に解決されていません。

 

JPROでマーケットインは前進

トーハン・近藤敏貴社長

 

 星野 これからの出版流通のモデルについてお話をお聞きしていきます。まず、トーハンとして近藤社長いかがでしょうか。

 

 近藤 一昨年あたりからマーケットインの推進を呼びかけて、出版業界でも口にしてくれる人が増えてきました。また、この1~2年で返品率が下がり、マーケットインが前進したと肌で感じています。

 

 もっと具体的にいえば、書籍・雑誌の刊行情報の流れが整理されてきています。一番大きな要因は日本出版インフラセンター(JPO)が「BooksPRO」を作ったことです。これはとても素晴らしいことです。

 

 トーハンも取次として協力し、出版社の新刊登録率は約90%になっています。当時からは考えられないスピードで進んでいます。予約注文までは結びついていませんが、取次にとっては作業計画が立てやすくなりました。これだけでも大きな効果があります。

 

 また、トーハンの「TONETS V」と「BooksPRO」が連携することで、書店、出版社、取次の三者がつながり、出版情報の流通と予約注文を整え、刊行部数の適正化を図っていきたいと考えています。マーケットインの道筋ができたことは大きな進歩です。

 

 22年10月には、トーハンの書店・出版社向け「新仕入プラットフォーム」が稼働します。また、メディアドゥの電子ゲラ配布サービス「ネットギャリー」とも連携し、刊行情報をより読者や書店に掴んでもらって、出版社の制作部数や配本に生かすというところまでは見えています。

 

 AI配本についても進めています。AIで行うのは実績参照配本の効率化と精度向上です。参考にする配本銘柄を圧倒的に早く、的確に参照できる仕組みで、システムはほとんど完成しています。

 

 星野 情報を登録する出版社側として、小野寺社長はJPROについてどう思われますか。

 

 小野寺 いち早く書店に新刊の書誌情報が届き、それを元に責任をもった仕入れがなされるのであれば、実売も上がるでしょうし、方向としては歓迎すべきことだと思っています。

 

 ただ、社内でいうと編集部は当然、進行を前倒しにする必要があり、そんなに早く情報を出せないという声があるのもまた事実です。しかし、これはやりながら慣れていくしかありません。

 

 星野 AIの配本についてはどう思われますか。

 

 小野寺 返品を抑える取り組みには全く反対しませんが、出版社の立場からすると、AIによる配本を重視するあまり、取次から極端に仕入れ部数を減らされるのではないか、という危惧は抱いています。返品が減少しても、それ以上に搬入が少なくなれば、売り上げは落ち込み、経営は成り立ちません。

 

 仕入れが減った分、初版部数を下げれば無駄な原価が抑えられるという考え方もありますが、原価には部数にかかわらず必要な経費もあり、原価率はどうしても上がります。部数を下げる場合、それを上回る実売率の向上がなければ出版社の粗利は減るばかりです。

 

 あくまでモデルケースでの試算ですが、AI配本で仕入れ部数が減り、初版部数を減らしても実売率が十分に上がらないケースが続くと、出版社は刊行直前に定価を上げるか、新たな新刊を急造でもしない限り、売り上げの維持が難しくなるかもしれません。

 

 また、本の露出が減少し、本との出会いや多様性が衰えることも懸念しています。近藤社長は「人々が必要なときに、必要な場所で、必要な本が手軽に入手できるインフラを整備する」とおっしゃっています。これはまったく同感で、大変重要なことです。

 

 ただ、出版社として勝手な希望を申し上げるなら、「人々が特に必要でないとき、必要でないと思っていた本に偶然、出会うことができるインフラ」も並行して作れないだろうかとつい考えてしまいます。     

 

 出版流通の効率化には賛同しています。しかし、多くの出版社は刷り部数に対して著者に印税をお支払いしています。初版部数が減った場合、実売率が上がっても重版に至らなければ、著者の収入は減り、執筆環境が悪化し、一部の人気作家以外はやっていけなくなるかもしれません。

 

 本の源である著者が細ってしまえば、出版界全体もしぼんでしまいます。出版流通の未来を考える時、著者が書き続けられる環境、新たな著者を生み出せる環境、何より読者にとって幸福な本の環境、という視点も必要なのではないでしょうか。

 

 近藤 AIを運用していくなかで分かったこととして、全ての部数が減るわけではありません。

 

 ただ一方で、小野寺社長が指摘したことは、起こりえることとも思います。

 

 そうであれば適正な本の価格を考えていくのが重要で、議論をしていくべきです。出版流通を3年後も維持しようとしたとき、本の価格を現在の130%にしても物流費を吸収できないという試算もあります。皆さんは驚くかもしれませんが現実です。どこかで物流費は吸収しなければなりません。こうした議論を先延ばしにする余裕はないと思っています。

 

 小野寺 大量に送り、大量に売れる時代ではなくなりました。今まで通りにはいきません。物流費を適正に価格へ転嫁できなければ、出版そのものができなくなります。

 

JPICで団体の垣根を越えた議論を

 

 星野 次に業界団体のあり方についてお伺いします。近藤社長はドイツ図書流通連盟(BDB)を視察し、どのような示唆を得ましたか。

 

 近藤 ドイツ図書流通連盟(BDB)は書籍の出版社、取次、書店が入っている強力な業界団体です。出版情報の管理、付加価値税の軽減税率などロビー活動の中核をBDBが担っています。

 

 日本は書協、日本書店商業組合連合会(日書連)、日本雑誌協会(雑協)、日本出版取次協会があるものの十分に連携できていません。各団体のトップが副理事として参加しているJPICで、出版業界の諸問題について話し合う委員会を作ろうとしています。

 

 先ほど行われた第1回の臨時理事会で提案し、まずは書店の未来を築く視点から議論していく方向になりました。JPICをBDBのような組織に発展させたいと考えています。

 

 小野寺 ロビー活動では出版界の総意を問われる機会が増えてきます。その点で言うのならば、団体の垣根を越えて話し合える場所は必要です。書店が抱えている問題に向き合うのは意義のあることだと思います。