新潮文芸振興会 三島由紀夫賞に乗代雄介『旅する練習』、山本周五郎賞に佐藤究『テスカトリポカ』

2021年6月3日

受賞者の乗代雄介さん(左)、佐藤究さん(右)

 

 新潮文芸振興会は5月14日、第34回「三島由紀夫賞」と「山本周五郎賞」の選考会を開催し、その結果を発表した。三島由紀夫賞には、乗代雄介『旅する練習』(講談社)が、山本周五郎賞には佐藤究『テスカトリポカ』(KADOKAWA)が選ばれた。

 

 三島由紀夫賞の選考委員を代表して川上未映子氏が登壇。『旅する練習』は、小説家の叔父とサッカー少女の姪が、数日間の旅をするという作品。メタフィクションの構造をもち、それが「しっかりと創られたこと、また高いレベルで作品の強度が達成されている」ことが、評価された。

 

 著者の乗代氏は「成果を認めていただけたことは自信にもなるし、嬉しいこと」とコメント。「二重三重、四重までいくのかどうか、それは読む方次第ですが」と、多重構造になっている全体の構成こそがまさに作品の要であり、相当に入念な創り込みを行ったことをうかがわせる発言だった。

 

 以前から練習として行ってきた〝風景描写〟は、当日も公園に出かけるなどして行い、〝書き写し〟も最近では、例えば柳田國男に向き合っているという。作家デビュー以前から書き続けてきたブログと合わせ、「誰かに見せる、評価される」ことを意識した文章と、意識していない文章の双方を書き続けるという行為は、次作以降も「試行錯誤と取捨選択の連続」によって、昇華されていくことを思わせるスピーチだった。

 

 山本周五郎賞は、選考委員を代表し江國香織氏が登壇。ほぼ満場一致で『テスカトリポカ』が支持されたことを報告した。「発想の豊かさ、リサーチの徹底ぶり、緊密な文体。麻薬や臓器売買が出てきて大勢の人が亡くなるさまを、とても緊密な文体で書いているのに、詩的なところもある。ディテールも素晴らしく、読んでいてとにかく面白かった」と絶賛した。

 

 著者の佐藤氏は「東京ではまだ、緊急事態宣言が続いている難しい状況の中、選考会を開くということは大変だったと思う」と感謝。作品の舞台のひとつであるメキシコには、自身のケガやコロナ禍によって直接取材することは叶わなかったというが、リサーチの徹底ぶりは、危険地帯の取材で知られるジャーナリスト・丸山ゴンザレス氏など、友人たちの助力によってなされたものだと明かした。

 

 今回、特に想起したのは、『死都ゴモラ』(河出書房新社)でナポリのマフィアを描き、実際に命を狙われることになったイタリアのジャーナリスト、ロベルト・サヴィアーノ氏だという。佐藤氏自身と年齢も近く、『コカイン ゼロぜロゼロ』(河出書房新社)では、『テスカトリポカ』の題材となっているラテンアメリカの麻薬犯罪について追及した。「私の仕事は彼の仕事には及ばないが、自分自身の問いかけがあった」と語った。

 

 バイオレンスの要素も多分に含まれたクライムノベルである本作を、他の候補作とは「ドレスコードが違う」と言う佐藤氏だが、受賞にいたり「懐の深さに感謝するほかない」と喜んだ。