ポプラ社『海辺の金魚』 役者・映画監督の小川紗良さんが初小説、近日公開の映画をベースにした連作短編集 

2021年6月1日

映画のポスターを前に初小説を手にする小川さん

 

 役者、映画監督として活躍している小川紗良さんが初めて執筆した小説『海辺の金魚』が、ポプラ社から6月10日に刊行される。小川さん自らが監督をつとめた長編映画「海辺の金魚」(東映ビデオ製作・配給、6月25日公開予定)をベースに、映画では描かれていない子どもたちや主人公の姿を全4編のオムニバス形式で小説にした。この本の刊行を前に、執筆の経緯や、役者や映画監督と小説を書くことの違いなどと合わせて、本や書店への思いなどもうかがった。

 

 著者の小川さんは、高校時代から映像制作を始め、早稲田大学の学生時代に監督した短編・中編作が「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」や「PFFアワード」などに入選。長編映画の初監督作品となった「海辺の金魚」(2021年)は、「韓国・全州国際映画祭」と「イタリア・ウーディネ極東映画祭」に正式出品されることも決まっている。

 

 また、監督業と並行して役者としても活躍中。NHK朝の連続テレビ小説「まんぷく」、「アライブ がん専門医のカルテ」、「フォローされたら終わり」など数多くのドラマに出演。映画「ビューティフルドリーマー」(本広克行監督/2020年)では主演を務めている。

 

 小川さんが監督・脚本・編集を務めた映画「海辺の金魚」は、身寄りのない子どもたちが暮らす家で育った18歳の花が主人公。花は施設で暮らせる最後の夏を迎えていたが、そこに8歳の少女・晴海が入所してくる。かつての自分を重ねた花は、晴海と過ごすうちに今までに無かった感情が芽生えていく…といったストーリー。

 

 今回、その映画の世界をふくらませる形で、自ら小説化した作品を世に送り出す。表題作の「海辺の金魚」のほか、「みっちゃんはね、」「星に願いを」「花びらとツバメ」の4編を収録した連作短編集だ。

 


小説で新たな表現できたのはうれしい 「役作りに近い感覚で執筆」

『海辺の金魚』四六判/240㌻/定価1650円

 

――この本を執筆するきっかけを教えてください。

 

 この小説は私が監督した映画をベースにしていますが、当初は小説を書く予定はまったくなかったんです。映画の情報が出た際、ポプラ社に勤めている大学時代の先輩が声をかけてくださり、この機会に書いてみようかなと思いました。これまでもエッセイやコラムなどを執筆してきた経験はありますが、小説は本当に初めてですので、お話をいただいた時はけっこうびっくりしました。

 

――今回のお話は児童養護施設が舞台です。

 

 まず、花という1人の女の子が自分の人生を歩みだす瞬間を描きたいという大きなテーマがありました。そのうえで、私自身がこれまで身寄りのない子供たちを描いた映像や本などに関心を持ち見てきていましたので、それが積み重なってこのような物語になりました。

 

 映画は鹿児島県の阿久根市で撮影しましたが、地元の子どもたちもたくさん出演してくれました。そのふれあいの中で、子どもたちに気づかされることもたくさんありました。それもあって、昨年のコロナ禍には保育士の資格も取りました。

 

――思い入れの強い登場人物はいますか。

 

 みんなそれぞれありますが、やっぱり主人公の花でしょうか。この小説はお話をいただいてから1年くらいで書き上げたのですが、その間ずっと彼女の気持ちに寄り添って書いていましたので、自分の気持ちもどんどん花に乗り移っていく感じがありました。ちょっと役作りに近いような、不思議な感覚でしたね。

 

――役者や映画監督という仕事と、小説を書くという仕事に違いはありますか。

 

 小説を書くのは一人というのが一番の違いでしょうか。もちろん、編集者の方などがずっと励ましてくださりますが、書いている時は一人で、ひたすら掘り下げて、進めていきます。役者業も監督業もたくさんの人と関わりながら、一つのものを作り上げるので、そこは違います。ただ、こうして一人でじっくり考えながら何かを作る時間というのも、私にとってバランスがとれるというか、とても大事なことだと改めて感じました。

 

――小説を書くことは他の仕事にも活かせそうですか。

 

 今回は、映画を作ったあとから小説を書くことで、改めて自分の中で作品についての見解が広がったり、気がつくこともたくさんありました。ですからいつかは逆に、まず小説を書いて、それをベースに映画を作るのもおもしろいかなと思っています。

 

 今、世の中にたくさんの情報があふれており、逆に想像する余地のあるものにひかれている部分もあります。そういう自分にとって、小説というメディアで新たな表現ができたことはうれしかったですね。

 

「書店にいくのがすごく好き」

 

――よく書店に行ったりはしますか。

 

 書店に行くのは、すごく好きです。だいたい買いますが、買わなくても入口に平積みされている本とかを見て、なんとなく今の世の中のムードみたいなものを感じたりしています。また、脚本などを書いていて煮つまった時とかも、本屋さんに行ってタイトルを見ているだけでも、頭が刺激されます。自分をリセットしたり、何か違う角度からものを見たいと思ったときなどに、フラッと行ったりしますね。

 

――本もよく読まれているんですか。

 

 はい。小さい頃は絵本とか童話とかが好きで、かなり読んでいましたが、最近も大学に入ったころから、より熱心に本を読むようになりました。紙とデジタルがありますが、私は断然、紙派です。この『海辺の金魚』もカバーを外すと表紙がかわいいんですが、こういった紙の本の質感とか、模様とかを見るのも好きですね。

 

「本も映画も“体験”を求める」

 

――若い人を中心に、今はなんでもスマホで見られます。

 

 確かに今は何でもスマホで手に入れられますが、だからこそ逆に、もっと体験を求めているようなところもあるのではないでしょうか。映画も、私はやっぱり映画館に行って見るのが好きです。それは、もちろん映画が見たいのですが、映画館という暗闇の中で2時間何かを見るという体験を求めているんだと思います。

 

 本もそれと一緒です。本屋さんに行って好きな本を手にとり、移動しながら読んだり、旅行の鞄の中に入れていったりする。そういう体験も含めて、本や作品がより好きになっていくんだと思います。

 

――映画監督、小説家として今後扱いたいテーマなどはありますか。

 

 今も子どもたちのことに関心が向いていますが、あとは「食」でしょうか。私自身が食べることや料理が好きというのもありますが、例えば映画を見ていても食卓のシーンからにじみ出る家族観とか、社会性みたいなものがとても好きなんです。ですからそれをテーマに、何かを作ってみたいという気持ちはありますね。

 

――ありがとうございました。

【増田朋】