【地方から「活字力」発信】大阪大学出版会 社会に「知」を還元する使命 

2021年5月26日

土橋事務局長(左)と川上編集長

 

 大阪大学出版会は、大阪大学創立60周年記念事業の一環として、「知識を広めよ、深く、遠く」をモットーに1993年に発足。大阪大学の研究成果を「学術書」の形で広め、データや資料蓄積の役割を担う一方、研究内容を一般読者にもわかりやすく編集した書籍、加えて対象年齢を下げたコミックや絵本にも着手するなど出版活動の幅を大きく広げる。同会・土橋由明事務局長も「大学出版の枠を超えて、斬新な企画にも積極的に取り組んでいる」と話す。学生が本づくりに挑み、注目された「ショセキカプロジェクト」などその出版方針が証明されている。土橋事務局長と川上展代編集長に同会の活動内容や目指す方向性などを聞いた。         

【堀雅視】

 


 

人間科学分野のパイオニア

 

 学内各組織との共同企画も推進し、様々なシリーズを手掛ける。学内で収集・保存される標本資料類をまとめた「博物館叢書」は、2006年の『扇のなかの中世都市』を皮切りに現在17巻。

 

 また、同大は全国で初めて「人間科学部」を設立した大学として知られ、「食べる」、「感じる」といった人間の日常的な行為をテーマに心理、社会、哲学など各研究者らの視点で解説する「シリーズ人間科学」は、最新刊の『越える・超える』で6巻目。これらは多くの図書館でも活用されている。

 

 同大外国語学部は、07年に「大阪外国語大学」と統合して現在の姿となった。日本の言語教育、研究拠点として発展した国立外国語大学の教授陣を擁したことで、09年「世界の言語シリーズ」を創刊。川上さんは「日本でメジャーな言語ではなくても、仕事や研究、留学など必要な人は少なからずいる。自学できる教科書としてコアな読者に受け入れられた」と手応えを話す。最新刊『アラビア語』で17巻を数える。

 

 各教授が専門分野を易しく解説し、幅広い層が読める「教養書」として07年に創刊した「阪大リーブル」は根強いファンを獲得し、現在76巻と続く。

 

異例の企画続々

 

 14年には数学専門書『証明の探究』の高校生向けコミック版、18年には「はかせのわくわく科学絵本」と銘打ち、『ねえねえはかせ、月のうさぎは何さいなの?』のタイトルで絵本にも挑戦。著者は同位体宇宙地球化学分野で高名な研究者、そのうえ「大学出版会が絵本を出す」と注目され、各メディアでも取り上げられた。

 

 川上さんは「子どもたちに研究者、博士といった『職業』に興味を持ってほしかった」と絵本化の意図を話す。小学生のみならず、祖父母など保護者らにも好評を博している。

 

注目集めた「ショセキカプロジェクト」

 

 中でも異例の取り組みとして業界内外で注目されたのが、学生自身が企画から取材、編集をはじめ、制作、広報、販売まで手掛ける「ショセキカプロジェクト」。「本をつくる」という授業を開講し、プロの編集者やデザイナーを招き、類書のリサーチなども学ぶ。チームを編成し、教授への執筆依頼も学生が行う。

 

 企画コンペでは熱いプレゼンテーションが繰り広げられ、教員や出版会に加え、紀伊國屋書店も審査に参加した。そこで誕生したのが『ドーナツを穴だけ残して食べる方法 越境する学問―穴からのぞく大学講義』。発売前から話題になり、紀伊國屋書店でフェアが催されるなどリアル、ネット書店ともに良い動きを見せた。

 

 川上さんは「学生が先生に『もっと面白く書いて』、『表現が難しい』と注文を付けるなど見ていてハラハラする場面もあった」と振り返り、「出版会としても大学の授業に関わり、ひとつの本をつくれたことは価値ある事業になった」と意義ある取り組みだったと語る。

 

 土橋さんは「学生にとって貴重な体験だった。このプロジェクトで『自ら動く』、『一からつくり上げる』ことに関心を持ち、今は様々な道に進んで活躍している」と教えてくれた。

 

 通常の書籍の編集作業も難しい面が多いという川上さん。「最先端の素晴らしい研究だからこそ、そのまま世に出すにはハイクオリティ過ぎて一般書店では敬遠されてしまう」とし、「先生に知識や文体レベルなどこちらの要望を丁寧に説明して協力してもらうが、わかりやすくすることで研究内容の髄が損なわれては意味がない。そこは慎重に取り組んでいる」という。

 

新刊は注目の「関係人口」

『関係人口の社会学 人口減少時代の地域再生』

 

 直近の推薦本は、『関係人口の社会学 人口減少時代の地域再生』。人口減少や少子高齢化社会の中、注目が高まる「関係人口」(定住人口でも観光人口でもない地域に関わる人々)。大阪大学大学院で人間科学の博士号を取得し、山陰中央新報社(島根)記者を経て、現在は島根県立大で関係人口論の教鞭をとる田中輝美氏が社会学の見地から関係人口を定義、分析し、地域再生のヒントを提言する。

 

価値ある研究広める使命と責任

川上編集長「研究成果伝える広報部隊」

 

 川上さんは「私たちは先生方の価値ある研究成果を世に広める広報部隊。他分野や次世代の人が触発されて自身の研究に生かしたり、研究に関心を持たれるものをつくっていきたい」とし、「大学名を冠に付けて活動する使命と責任をしっかり受け止めて出版活動をすすめていく」と意欲を述べる。

 

土橋事務局長「ベンチャー精神持ち続ける」

 

 土橋さんは「母体大学の研究成果を『出版』という形で発信する、社会へ『知』を還元していくという基本スタンスは揺るがない」とする一方、「読者動向もどんどん変わっていく。『大学出版はこうあるべき』という固定観念にとらわれず、時代、読者が求めるものを提供していきたい。『大学は社会の実験場』。当会もベンチャー精神を持ち続けて取り組んでいく」と同会が目指す方向性を示していた。

 

 □『関係人口の社会学 人口減少時代の地域再生』=四六判上製/386㌻/3520円