日販・奥村社長「東日本大震災から10年によせて」 ホームページで公開

2021年3月12日

 日本出版販売は、2011年3月11日に発生した東日本大震災から10年となった3月11日、奥村景二社長の「東日本大震災から10年によせて」を同社ホームページ上で公開した。全文は次の通り。

 


 

 はじめに、2月13日に発生した福島県沖を震源とする地震で被害を受けられたみなさまに、心よりお見舞い申し上げます。現在も影響の残っているエリア・店舗のみなさまにおかれましては、一日も早い復旧をお祈り申し上げます。

 

 本日で、多くの犠牲者と甚大な被害をもたらした東日本大震災から10年を迎えました。長い年月が経ったという感覚でおりましたが、先の福島県沖地震が東日本大震災の余震だったということ、今もなおその影響が続いているということに、被害の大きさを改めて痛感しております。


 昨今、かの震災の情報が報道などで取り上げられる機会は減り、被災地から遠く離れたところに住む人々からはその傷跡が見えづらくなってきております。ですから、震災から10年が経った今、当時のことを振り返り、被災された方々と復興に尽力する方々の奮闘に敬意を表し、日常の有難みに感謝するとともに、未来に向かって前に進んでいく、そのような機宜にすべきなのだと思います。

 

 少しだけ、当時のことを振り返ってみます。地震が発生した3月11日14時46分、あのとき私は、JR伊丹駅のホームにおりました。関西でも微かな揺れを感じたことを、昨日のことのように思い出します。

 

 日販では、王子流通センターで在庫商品の多くが落下し、全社で応援体制を組んで復旧作業にあたりました。お取引先様においては、470店におよぶ書店様、また多くのコンビニエンスストア様、図書館様などが被災され、壊滅的ともいえる深刻な被害に見舞われたところも少なくありませんでした。そのような中、日販では、被害状況の早期把握と被災先への支援、全国への輸配送の早期正常化に向けて、災害対策本部を設置し、復旧作業とお取引先様への支援に全力を注ぎました。

 

 震災は、被災地域のみならず、全国の出版流通にも影響を与えました。特に東日本の交通機関は大きく乱れ、道路は寸断、深刻なガソリン不足と被災地の救援・物資輸送を優先する必要性などによって、全国のトラック物流が持続不能な状態に陥りました。この事態を受け出版流通は、数日の間、全国への配送を「隔日配送」とするなど、かつてない対応を行いました。


 出版物の制作にも多大な影響がありました。石巻や八戸の出版用塗工紙の生産工場が津波による被害を受けて、製品在庫の全損や操業停止となり、それにより用紙の手配がつかないなどの理由から雑誌の休刊、発売日変更が相次ぎました。(参考:菊池明郎.(2012).東日本大震災と出版業界 未曽有の事態にどう対応したのか.)

 

 流通面だけでなく、制作面にも影響が出るほどの異例の事態の中、復興に向けた多くの方々の努力が実を結び、5月頃より出版物の流通体制は元通りに近いものとなり、被災された書店様の営業再開も着実に進んでまいりました。

 

 被災された書店様は、本当に大変なご苦労をされたことと存じますが、営業再開を心待ちにしてくださるお客様のため、復旧し再開していただいたこと、取次会社である私たちにとっても、とても有難いことでございました。出版物を通じ人々の心に豊かさを届けるという私どもの使命は、本とお客様の出会いの場である書店様がいらっしゃってはじめて成り立つものです。この場をお借りして改めて、心より感謝を申し上げます。

 

 当時、被災地の書店様では、営業を再開された直後、売上前年比が大きく伸長したお店もございました。被災地では、生活必需品と同様に書籍や雑誌が必要とされたということです。


 そのことを示す震災時の逸話として、「週刊少年ジャンプ」の話は有名です。山形県まで新刊のジャンプをお買い求めに行かれたというとある男性のお客様が、「ほかの人にも読ませてあげてほしい」と仰って、塩川書店様にそのジャンプを寄付されました。店頭で、「少年ジャンプ3/19発売16号 読めます! 一冊だけあります」と貼り紙を出し、そのジャンプを自由に立ち読みできるようにしたところ、停電や未配送により最新刊を読むことができない多数の子どもたちが次々と来店し、回し読みをしながら声を出して笑って楽しんでいたといいます。


 たった1冊の本が、ひと時でも子どもたちから震災の恐怖を忘れさせ、楽しい気持ちにさせてくれたというエピソードです。出版物には人々の心を豊かにする力があるということを示す証拠と言えると思います。


 また、それと同時に、震災での出来事を通し、日々店頭にならぶ多種多様な出版物が、どのような工程を経てどれだけの人の支えによって、お客様のもとに届いているのか、それを再認識させられ、そしてそれが当たり前の日常となっていることに改めて有難みを感じております。

 

 あれから10年が経ちました。私たち日販は、あの日の出来事と、その重みを忘れることはありません。出版流通を支えるすべてのみなさまへの感謝を胸に、この先の未来も、出版物を通じ人々の心に豊かさを届けられるよう、流通を止めないことをお約束いたします。


 私どもだけでは力が及ばない部分もございます。ぜひともみなさまのお力をお借りし、その力を結集することで、当たり前に本が届き続ける世界を実現してまいりたいと思います。

 

 末筆ではございますが、何よりも今は、先の地震による被害の復旧作業に従事されているみなさまの安全と被災地の一日も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。

 

日本出版販売株式会社
代表取締役社長 奥村景二