【東翻西躁】二つの強権国家 ロシア vs 中国考

2021年3月1日

ナワリヌイ氏逮捕とプーチン宮殿

 

 1月下旬、ロシアの「プーチン宮殿」の動画がユーチューブなどを通じて世界に流れ、話題になったことは記憶に新しい。プーチン大統領のための宮殿は、黒海を臨む広大な敷地に1400億円をかけて造られたといい、ヘリポートが併設され、内部にはカジノ、スパ、劇場、屋内アイスホッケー場等々が揃っている。動画を公開したのは、ロシアの野党指導者として名高いナワリヌイ氏の主宰する団体である。

 

 そのナワリヌイ氏は去年8月、統一地方選挙を前にシベリアの都市を回り、モスクワに帰る飛行機の中で突然意識を失った。シベリアの病院からドイツの病院に移送され救急医療を受けたナワリヌイ氏について、ドイツのメルケル首相は「猛毒神経剤ノビチョクが使われた明白な証拠がある」と断言した。

 

 神経剤ノビチョクといえば、2018年イギリス南部ソールズベリーで起きた、ロシアの元スパイ親子の毒殺未遂事件でも使われている。捜査の結果、イギリスの警察はGRU(ロシア軍参謀本部情報総局)工作員による犯行と断定し、メイ首相(当時)は「ロシア国家上層部の指示の下で実行されたのは間違いない」とロシアを厳しく糾弾した。

 

 驚いたのは、この事件でイギリス当局が実行犯としてロシア軍情報機関職員とみられる2人の名前と写真を公表したことである。つまりGRUの情報が洩れているということである。

 

 強権国家において、支配者に都合の悪い人物を〝消す〟という噂はときどき流れる。たとえば中国の独裁者、毛沢東の主治医で『毛沢東の私生活』(文芸春秋)を書いた李志綏。毛の死後アメリカに移住、破天荒な毛の私生活を暴いた本の出版から3か月後、息子の家の浴室で死体となって発見されたが、死因は心臓発作で片づけられた。近いところでは18年、複合企業、海航集団創業者で有力政治家との親密な関係が取り沙汰された王健が、出張先のフランスで不可解な転落死を遂げたが、真相は明らかになっていない。

 

「ゆるい」ロシアと「きつい」中国

 

 中国の〝事故処理〟は不信感を残すものの、権力上層が絡んでいるという証拠は残さない。中国の〝処理〟の仕方は周到かつスマートと言える。

 

 一方、ロシアは、断定はできないものの、暗殺に失敗した結果ナワリヌイ氏はドイツで療養生活を送ることになり、独ロ関係をぎくしゃくさせた。1月17日ドイツから帰国直後、ナワリヌイ氏は空港で身柄を拘束されるや、翌日前述のプーチン宮殿の動画公開に踏み切った。

 

 2月に入りモスクワの裁判所はナワリヌイ氏が過去に受けた有罪判決の執行猶予を取り消し、3年半の懲役刑を下した。実刑判決の報せを受けるや、ロシア国内各地で抗議行動が相次ぎ、100数十か所の都市で集会や実力行使を伴うデモなどが繰り広げられ、すでに1万人以上が拘束された。

 

 ロシアの集会、デモ等の報道に接して、筆者は隣接する巨大な2つの強権国家、中国とロシアについて比べないわけにはいかない。ロシアは万単位の人が集まる集会、デモができるのに対して中国ではそれは夢物語だ。中国で大勢の人々が抗議行動に参加できたのは1989年、今から32年前に起きた天安門事件が最後であった。北京など大都市では街の至る所に警察の目が光っていて、人が3人以上集まりひそひそ話でもやろうものなら、直ぐに警察が飛んできて解散命令が出る。中国共産党は、人が集まるのを何よりも怖がる。同じ強権国家でも、ロシアは「ゆるい」のに対して、中国は「きつい」。

 

 プーチン大統領の嫌がる「プーチン宮殿」の動画をユーチューブにアップロードできるなんて!しかも、それをロシアの市民がダウンロードして自由に見れるなんて!ロシアは中国よりよほど自由で伸び伸びした社会のようだ。

 

高橋茂男(元日本テレビ北京支局長)

 


 

 1942年生まれ。東京外国語大学中国科卒業。日本テレビ放送網入社。北京支局、香港支局に併せて12年駐在。35か国、地域を取材。文化女子大学(今の文化学園大学)教授を務めた(メディア論、現代中国論)

 

*コラムタイトルの「東翻西躁」とは、世界中が慌ただしく揺れ動いている様を形容した造語です