【東翻西躁】台湾をAI先進国に導いた“男”の物語

2020年12月14日

台湾で5Gが地方から導入される訳は?

 

 今回は趣向を変えて、1冊の本を取り上げたい。今を時めく台湾のIT担当政務委員(閣僚)、分かりやすく言えば「デジタル担当大臣」、オードリー・タン(唐鳳)のロングインタビュー本『オードリー・タン-デジタルとAIの未来を語る』(プレジデント社)である。3カ月にわたり延べ20時間以上インタビューをしたと謳っているが、今年は新型コロナウイルスによって国際間の往来が遮断されているため、対面ではなく、大部分は台湾と日本をオンラインで結んだインタビューだったようだ。そういう意味でも、本書は名実ともにデジタル技術が生み出した作品と言える。

 

 台湾が世界で最もスピーディかつ有効な新型コロナ対策を実施し、成功を収めたことは国際的に高く評価されているが、それに大きく貢献したのが、マスク不足の中、オードリー・タンと民間が連携して開発した「薬局の在庫が一目でわかる地図アプリ」であった。薬局ごとにマスクの在庫がどれくらいあるかリアルタイムで分かるから、市民は安心して効率よくマスクを手に入れることができるようになったのである。

 

 5G(第五世代移動通信システム)の導入・普及は、日本では東京など大都市から始まっているのに対して、台湾では都市からではなく先ず地方から進める政策をとっている。なぜか? オードリーは理由の一つに「都市と地方の教育格差の是正」を挙げる。山の上や離島ではネットにつながっていないからリモート教育ができないが、ネット環境が良くなればオンライン授業もできるし、事故があった場合にはセーフティネットにもなるともいう。

 

自由で優しいオードリー・ワールド

 

 本書でとりわけ読者の興味をひくのは、オードリー自身の生い立ちと現在に至る歩みを記した第2章「公益の実現を目指して︱私を作ってきたもの」であろう。両親ともに「中国時報」という新聞社勤務の家庭に育ち、生まれつき心臓疾患を抱え、性格的な問題もあって学校でうまくいかないことも多く、3つの幼稚園、6つの小学校に通い、14歳で中学中退という学歴。IQ180超、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ゲーテを連想させる天才ぶり。

 

 12歳でインターネットと出会い、15歳で起業、18歳でアメリカに渡り、シリコンバレーでソフトウエアの会社を起業。24歳でプログラミング言語「Perl6」開発の貢献を認められ世界的に注目される。同年、トランスジェンダーであることを公表等々。

 

 オードリーが蔡英文総統に見出され、IT担当政務委員就任の要請があったのは2016年、オードリー35歳の時だった。史上最年少の閣僚、中学中退の学歴、トランスジェンダー大臣、と話題に事欠かなかった。政務委員就任の際、性別を記入する欄にオードリーは男でも女でもなく、「無」と書き込んでいる。

 

 AI(人工知能)について、オードリーは「人間がAIに使われるという心配は杞憂。AIはあくまで人間を補助するツール」と言い切る。しかし、「AIには創造的な仕事ができないとは考えていない」ともいう。たとえば、AIと囲碁を打てば、人間が今まで考えもしなかったような打ち方をAIはたくさん出してくる。しかし、人間はやがてその打ち方に慣れてくる。

 

 要するに、創造力の定義が日々変化し、機器は常に新しい素材を提供してくれる。そのため、私たち自身の創造力の可能性もまた日々高まり、この状況は相乗効果、或いは相互学習のようなもので、非常に素晴らしいものだ。

 

 オードリーは執務室のある社会創新実験センターまでスニーカーを履いて徒歩で出勤するという。執務室のある建物はもともと四方が壁に囲まれていたが、壁をすべて取り払い、まるで公園のような開放的な場所に変えてしまった。

 

 政治の透明性、情報公開を標榜するオープン・ガバメントにふさわしく、前を通りかかった市民が「あっ、オードリーがいる」と言って訪ねて来ることもしばしばだそうである。台湾を取り囲む情勢の厳しさを想うと、この長閑な光景は別世界の感に堪えない。

 

高橋茂男(元日本テレビ北京支局長)

 


 

 1942年生まれ。東京外国語大学中国科卒業。日本テレビ放送網入社。北京支局、香港支局に併せて12年駐在。35か国、地域を取材。文化女子大学(今の文化学園大学)教授を務めた(メディア論、現代中国論)

 

*コラムタイトルの「東翻西躁」とは、世界中が慌ただしく揺れ動いている様を形容した造語です