「ひとり出版社」奮闘記 木立の文庫(京都)津田敏之さん「新しい出版社のかたち探る、多様な感性語らう場」

2020年9月8日

津田さん(左)と三宅さん。木立の文庫が入るGROVING BASE 屋上にて

 

 人文書系3つの出版社を9年ずつ経験して「スリーナインです」と笑う津田敏之さん。「三度目」ならぬ「四度目の正直」で2018年10月、セミナー(フォーラム)、書籍(ブックス)、交流サイト(ダイアローグ)の3事業を柱とした新しい形の出版社「木立の文庫」を設立した。同社は、「ひとり出版社」の定義では収まらない、頼もしい「仲間」たちと、セミナー開催や本づくりを進める。周囲の人を惹きつける津田さんの人物像に迫った。

 

【堀雅視】

 


 

「経験」が土台 「縁」に感謝

 

 大学で河合隼雄氏や木村敏氏の影響を受け、心理学系に関心を抱く。卒業後入社した京都の老舗出版社で、津田さんは「企画立案(酒の呑み方)から編集、返品の山への畏怖まで叩き込まれ、足腰が鍛えられた」と懐かしむ。

 

 移籍したのは東京の出版社だが、関西支社を任され、孤軍奮闘。次の出版社(大阪)では、新しいビジョンを模索しながら、セミナーの企画、運営なども経験し、仕事の幅とネットワークを広げた。

 

 津田さんは「誰もあると思うが、7~8年経ってくると惰性というか、モチベーション的に滞ってくる。続けることも素晴らしいが、私の場合、ちょうどその辺りのタイミングで新しいご縁が生まれた」と振り返る。勤務した各社について「一から教わり、いろんな経験をさせていただいた。今の土台になっている」と感謝を示す。

 

 「会社員」の枠に収まり切らない津田さんは、遂に独立を決意した。「働き方など、組織の新しい姿を模索し、また、本だけに頼らないパブリッシングも追求したかった」と動機を語る。

 

 事務所は、流行りのコワーキングスペースを活用。社名の「木立」には「多様な感性や生き方が集って語らう場」という思いを込めた。

 

初年度は5冊刊行

 

 設立前から準備を進めていたとはいえ、初年度に『ボランティア解体新書』と『公認心理師実践ガイダンス』(全4巻)を刊行したことに「覚悟していたが、流通面の地盤固めなど想像以上に大変だった。仲間がいなければ、やり遂げられなかった」と語る。

 

 社員は津田さんのみの「ひとり出版社」だが、周囲には心強い仲間たちが存在する。この日、一緒に取材を受けてくれた三宅久美さんもその一人。

 

 三宅さんは大手航空会社や、心理カウンセラー養成スクールに勤めた経歴を持ち、津田さんが出版社勤務時代に開催していたセミナーの常連受講者。

 

 三宅さんについて津田さんは「対人関係の構築、事務能力、目配りがずば抜けている」と賞する。独立の際、真っ先に声を掛けた。三宅さんは、セミナー部門や学会事務を担当しながら、渉外面すべてを担う。

 

人が集まる人柄とコンセプト

 

 ほかにも「以心伝心のデザイナー、知己のウェブ制作者、昔馴染みの校正者、気心知れたSNS担当、元書店員の営業担当、ベテラン同業アドバイザーなど、出版プロフェッショナルから業界未経験者まで、幅広い人材が協力してくれている」と紹介する。

 

 それぞれ本業を持つ傍ら、津田さんの人柄、同社のコンセプトに共感し、サポートする。津田さんは「自分は編集の経験しかない。創業したが、業界の作法や実務をまるで知らないことに気づいた。みんながいなければ何も出来ないただの酒飲み。感謝しかない」と仲間への思いを語る。

 

新作はノンフィクション追体験小説

 

『音楽が本になるとき』(木村元)

 

 今年5月に刊行した『音楽が本になるとき』(木村元)は、少部数でスタートしたが、口コミで好評となり、3カ月で3刷。津田さんは「著者は、私が傾倒した木村敏氏の御曹司で、音楽の本を人文書に位置づけた名物出版人。音楽を聴くことと本を読むことを巡って、独自の視点で描いた随筆」と推奨する。

 

『バンヤンの木の下で』(池見陽×エディ・ダスワニ)

 

 今秋の新刊『バンヤンの木の下で』(池見陽×エディ・ダスワニ)は、同社初の文芸ジャンル。友の「追体験」で物語られた波瀾万丈のノンフィクション冒険譚で、映像付き読者参加型マルチBOOK。販路は、鍬谷書店とトランスビュー経由で流通に乗せている。

 

出会いが生み出す相乗効果

 

 津田さんの魅力を三宅さんに聞くと、「自らもアイデアの宝庫で、次から次に新しい発想が生まれる。しかし、人と出会い、一緒に仕事すると、さらに大きな化学反応を起こし、斬新な考え、企画が浮かぶ。仲間から強いエネルギーを補給する姿にはいつも驚かされる」と話す。

 

「セミナー」「本」「交流サイト」

 

 同社はセミナー、書籍のほか、ウェブ上で専門家による講義や、読者参加型の交流サイトも展開する。津田さんは「まだ発展途上だが、『本だけじゃない』出版というものを形成しつつある」と手応えを語る。

 

 「『木立』は、大きな出版社(大木)ではないけれど、仲間たちみんなが枝となって一つの小さな木をつくる。樹々が寄り添って小さな森となる。小川が流れ、動物が水を飲みにくる、そんなイメージ。将来、仲間たちがいろいろな形で別の『木立』をつくることも面白い」と、まだまだ型破りな構想を抱いているようだ。

 

 木立の文庫=京都市下京区新町通松原下ル富永町107―1 GROVING BASE41

 

『バンヤンの木の下で』=新書判並製/400㌻/本体1800円