【インタビュー】毎日新聞出版『歪んだ正義』著者 毎日新聞・大治朋子専門記者に聞く

2020年8月24日

毎日新聞の大治朋子専門記者

 

 あなたもテロリストになる可能性がある──。そう言われたら、大多数の人はすぐに否定するだろうが、その「過激化プロセス」を丹念に追っていくと、絶対的にないとは言えなくなるかもしれない。新聞協会賞を2年連続で受賞し、中東の紛争地での宗教対立の取材を長く続けてきた毎日新聞の大治朋子専門記者が、海外大学院でそのテーマをアカデミズムとジャーナリズム両面から研究した新著『歪んだ正義』(毎日新聞出版)を8月に上梓した。なぜ人は過激な正義にとりつかれ、暴走するのか。アカデミズムを記者のキャリアといかにつなげるかを、あわせて聞いた。

 

【成相裕幸】

 


 

過激化する「正しさ」プロセスを解き明かす

『歪んだ正義』(毎日新聞出版)

――本書のベースにはどのような経験があったのですか。

 

 イスラエル、パレスチナなど対立する双方を取材するなかで、彼らが自分たちの正義について語り始めると、心理的な距離を感じました。そのたびに、紛争地で過酷な日常を送る人々なので私の理解など到底及ばないのだと、自分で自分に言い聞かせていました。でも今考えると、それは特殊な人たちの特殊な対立だと決めつけて本当に理解しようとしていなかったのではないかと思います。

 

 その一方、記者は現場をたくさん訪れ、解釈を立ち上げ、そのストーリーを記事として書くのが仕事です。事実を書いているつもりでも、自分の解釈、バイアスが必ず反映されている。すると、とくに分析については、自分の関心に左右されてしまいます。

 

 私自身は、興味のあるテーマについて勉強する癖がありましたが、それでも、いくら取材しても点と点を結ぶ線を現実に近いところまで持っていけている感覚がありませんでした。そこで、膨大なリサーチや統計学に基づいた分析で知識を得れば、現場と現場を結ぶ線が少しでも自信をもって強く描けるのではないかと思って、留学を決意しました。

 

 紛争とは正義と正義の戦いです。それは思い込みと思い込みの戦いでもある。これを調べていけば、過去15年の紛争、テロリズムの現場を取材してきたその知識・体験を生かした分析が、できるのではないかと思いました。

 

「ローンウルフ」の孤独な叫び

 

――その紛争地域でテロを起こす犯人の特徴として、過激派組織などから直接的に影響を受けていない「ローンウルフ(一匹オオカミ)」に注目されました。

 

 「ローンウルフ」は、自暴自棄になった遠く距離感のある存在。そう思っていましたが、調べていくと「ローンウルフ」は犯行の前にSNSで宣伝する癖があったりします。そうすることで治安当局にマークされて捕まってしまうのに、なぜそんな危ないことをするのか。それはまだ、この世界とつながっていたいというコミュニケーション、彼らの孤独な叫びがあるからです。

 

 (その行為を)ぎりぎりまでこの世に関わろうとする気持ちととらえると、非常に身近な存在に見えてくる。だから、ちょっとしたことで彼らの暴走を食い止められないかと、希望をもつことができました。

 

 2001年9月11日に起こったアメリカ同時多発テロの以前と以後で、「ローンウルフ」の性格も変わりました。アメリカはアルカイダを調べればテロ対策ができると、イスラム教にフォーカスしすぎた結果、イスラム教徒全般に差別が広がりました。イスラム教徒にとっては「なぜこんな差別をうけるのか」というトラウマになり、(犯行の)動機になりました。

 

 もう一つ、SNSなどのメディアによって、「ローンウルフ」は実際に存在する組織でなくても、バーチャルのコミュニティで自分たちの思い込みを強化し合える。そういう組織を手に入れたのです。

 

「自分たちもテロリストになりうる」

 

――パレスチナの「ローンウルフ」実行犯やその家族に聞き取りした先行調査によると、犯行の動機で一番多かったのは「個人的な悩み」とのこと。それがなぜ、過激なテロにつながるのですか。

 

 イスラム教の過激派は、過激化しかかっている人に対して「相手が悪い」「復讐したほうがいい」と被害者意識をたきつけ、彼らが欲しい「アメ」を与えている存在です。

 

 彼らのプロパガンダ映像の音楽やビジュアルは、ハリウッドの映画が人々を引き付けるのとまったく同じ手法です。それ自体は、イスラム教ではありません。その人が求めているものを与えているだけです。

 

 研究を進める中で、「求めている人が主役であって、イスラム教ではない」との言葉が、ユダヤ人から出てくることがとても意外なことでした。ちゃんとした学者は「自分たちもテロリストになりうる」と、フラットに言います。

 

 始まりはみんな、自分の(個人的な)問題である。だから、誰にでも起きうる。誰だって悩む。そういうときにどのように心のバランスをとるかで、間違ったものをつかむ人もいれば、自分にとって本質的に良いものをつかむ人もいます。

 

人を動かすのは「ストーリー」

 

――本書では、過激化する入口で何が起きているのか、「負荷(ストレス)」と「資源」をキーワードに「心身のバランスシート」で考えることを提示しています。

 

 私は物事をビジュアル化したり、図式化することが好きで、そのように情報を整理する癖があります。思い込みや感情の渦の中にいて、周りが見えなくなるときに、自分はこのあたりにいると分かると、自分や家族などに対しても認識が共有できる。図式化が役に立つという思いがありました。

 

 そこには、あまり本質的に助けにならない「資源」と、助けになる「資源」があります。その一つが過激思考です。アルカイダやイスラム国の思考を取り入れることは、一夜にしてすごく強くなった気がしたり、これで全てが解決すると思ってしまう。これは見せかけの「資源」の典型です。

 

――本書では過激化のプロセスを5段階にわけて、細かく示しています。最初に「私的な悩み」などがあり、自分の思考に合うナラティブ(物語)をつくることにつながっていくと、分かりやすく分析しています。

 

 人間を突き動かすのは「ストーリー」です。例えば、トラウマについて言いますと、傷つけられた人はなぜこんな目にあってしまったのかと、疑問から始まり、そして自分を責めてしまう。人間は理由がないと、その脅威がまた来ると思ってしまうので、自分が悪かったとすることで、自分が変われば次に同じことが来ることはないと思える。だから、そういうストーリーをつくります。

 

 虐待された子どもも、親が自分叩くのは自分が悪いからだと思うことで、明日はいい子になれば叩かれないと考え、希望を持つと言います。そういったストーリーをつくらないと、絶望してしまうのです。

 

 このように、過激化する彼らは自暴自棄ではなく、立ち直ろうとしているんです。過激化サイクルというよりも、本人は「これでいける」と「大きな悪と戦う正義の聖戦士」というストーリーをつくり、その主人公になろうとする。過激化のプロセスだが、立ち直りのプロセスでもある。逆にいえば、そのプロセスの途中で、いくらでも立ち直れるということを伝えたかったのです。

 

コロナ禍の自粛警察は「正義の鎧」

 

――過激化は、昨今のコロナ禍での「自粛警察」にもつながりそうです。

 

 見せかけのストレス対処法で、最もやっかいなのは正義の顔をした攻撃です。正しいことをいっているので周りは批判しにくいし、本人は周りを叱りつけているので、ある意味で周囲からの意見が入りにくい「正義の鎧」を着ています。それは人を斬ると同時に、自分を孤立させるものでもあります。

 

 「自粛警察」は自分の正義、絶対的に正しい自分やそのグループと、絶対的に間違っている人たちとを、社会を二分して見下して攻撃していくシステムです。東北大学の大渕憲一名誉教授も、「攻撃をしても周りの理解が得られるだろうと考え、今のような非常時においては、普通ならやり過ぎと思われることも、歯止めが効かなくなる」と指摘しています。

 

アウトプットを一度とめてみる

 

――大治さんは今回の留学とあわせて、毎日新聞を休職して2度、海外の大学で研究生活を送っています。現場を一度離れ、アカデミズムを改めて修める意義はどのようなことですか。

 

 記者として私の心がけは、「虫の目、鳥の目、魚の目」です。虫の目は細かく物事を掘り下げていくこと、鳥の目はそこから鳥瞰して全体像をみること、そして魚の目は時代の流れでその現象が繰り返されてきたことなのか、変化しているのか、全く新しいものかとらえることです。

 

 虫の目だけでは「細密画」になるが、そこにアカデミズムで学んだ知識を生かして鳥の目、魚の目をいれると、3Dで立体図が立ち上がるような描き方ができるのではないかと考えています。

 

 また、文献の適切な選び方、読み方も留学した大学院で学んだことです。この方法は今後、私の専門以外の問題でも生かせるのではと期待しています。

 

 情報が無限にあるなかで、どれくらい付加価値のある情報をメディアとして出せるか。そうなると、細密画を並べるだけでなく、いかに立体的なものとして描けるかが重要です。むろん現場に行って、識者コメントをつける旧来的な手法もありですが、できるだけその知識を既にもった状態で質問すれば、返ってくる答えも全然違ってきます。

 

 ですから、記者の仕事を一定程度したら、自分の関心ある分野についてアウトプットすることを一度とめて、インプット中心の生活をしてみることです。自分がこれまで見てきた物事、見方を整理したうえで、またアウトプットすることに戻るのは、とても効果的です。

 

 その際、休職しても、あとでハンデにならないような就業スタイルなども見直すべきでしょう。そのためには、ある程度キャリアを積んだ人が、先陣を切って前例をつくることも、一つの戦略ではないでしょうか。

 

――この本をとくにどのような人に読んでほしいですか。

 

 特定の人ということではなく、この本を読んで、一人でもその人の生き方に影響を与えることができたら、成功だと考えています。

 

 また、過激化プロセスについていえば、自分がそのサイクルに入っている時には、この本は手に取ることはないかもしれない。しかし、自分の家族や大事な人の様子がおかしいと気づいたとき、この本を読み、ステップを見ることで、周りの人が気づいてあげることができたらと思っています。

 


 

大治朋子(おおじ・ともこ)氏

 

 毎日新聞専門記者。1989 年、毎日新聞入社。東京本社社会部、ワシントン特派員、エルサレム特派員を歴任。2004 ~ 05 年、英オックスフォード大学ロイタージャーナリズム研究所客員研究員。17 年から2 年間、留学休職。イスラエル・ヘルツェリア学際研究所(IDC ヘルツェリア)大学院(テロ対策・国土安全保障論、サイバーセキュリティ専攻)修了(Magna CumLaude)。同研究所併設のシンクタンク「国際テロ対策研究所(ICT)」研修生。テルアビブ大学大学院(危機・トラウマ学)首席(Summa CumLaude)にて修了。19 年秋、復職。社会部時代の調査報道で02、03 年度の新聞協会賞をそれぞれ受賞。10 年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。単著に『勝てないアメリカ─「対テロ戦争」の日常』(岩波新書)、『アメリカ・メディア・ウォーズジャーナリズムの現在地』(講談社現代新書)など