「ひとり出版社」奮闘記 烽火書房・嶋田翔伍さん「烽火のようにゆっくり必要な人に届けたい」

2020年7月13日

 「出版社は簡単に設立できる」、「出版社は一人でもできる」と言われる。

 

 たしかにISBNとJANコードを申請し、登録料を払えば本は作れる。資本金、運転資金など大金を有していなくても自宅や流行りの共同オフィスを拠点にし、印刷、製本コストも昨今は初刷り部数の減少傾向や出版不況を反映、また印刷技術の発達も相まって小ロットでも対応する会社が増えている。「流通」という高いハードルも小規模取次会社との取引、また直取引やネット書店等、多様化した手法を独立系出版社や個性的な書店が活用している。

 

  あとはコンテンツ。大物著者を擁することが困難でも斬新なアイデアでヒットした作品は数知れず。大手出版社からの独立、他業種からの参入など経歴はさまざまだが、「自分の思いを詰め込んだ本をつくりたい」、「類書のないオリジナル性溢れる作品を生み出したい」と気概を持って「ひとり出版社」を立ち上げる。

 

 激しい競争下、淘汰されるケースも多い一方、成功し、全国に名を馳せる版元も出現している。3月に紹介した滋賀の能美舎に続く第2弾として、京都の烽火書房・嶋田翔伍さんを取材した。

 

【堀雅視】

 


 

烽火書房(京都)・嶋田翔伍さん

「生き方のヒントになる本を出したい」と語る嶋田さん

 

地域おこし協力隊として活躍

 

 京都出身で地元の公立大学に通い、卒業後は漫画雑誌やコミックの編集に携わりたく就職活動に邁進した。しかし、コミック系は東京の大手が主流で競争も激しく念願叶わず、企業の社史などを出版する会社に入社し、編集を担当した。漫画以外にも本好きな嶋田さんは一般的な商業出版を手掛けたい希望を捨て切れず、4年で退職する。

 

 制作会社を営む知人の後押しもあり、フリーでライターや編集作業に勤しんでいたが、町おこしや地域創生にも関心が高かった嶋田さんは京都丹波地域の南丹市で「地域おこし協力隊」に参画する。経験を生かして同市の面白エピソードや特有の単語を集めた『南丹辞典』の編集や、地域情報の発信に尽力。3年の期間満了を目前に控え、出版社立ち上げを決意した。

 

初作品は若手起業家とのコラボ

 

『Go to Togo 一着の服を旅してつくる』

 

 嶋田さんは若手起業家が集う会で中須俊治氏と出会う。中須氏は旅したアフリカのトーゴ共和国で貧困や差別が広がる中、懸命に生きる人々の姿に感銘を受けて信用金庫を退職し、トーゴ産の布と、京都の染め技術を組み合わせたアパレル製品や服飾雑貨を扱うAFURIKA DOGS(京都市)を設立した。嶋田さんは中須氏について「彼をひと言でいえば『人たらし』。まだビジネスが成功したわけではないが、話していると魅力にどんどん引き込まれる」と話す。

 

 中須氏から自分の目で見たトーゴの現状や、自身が会社を設立するに至るまでの経緯や思いを描いた本を出したいと打診があり、嶋田さんは「出版社としてまだ手探り状態で、まずは自費出版からなども考えたが、とても面白い内容になる。烽火書房の初作品として出したいと強く思った」と企画立案時を振り返る。

 

 タイトルは『Go to Togo 一着の服を旅してつくる』。オール日本語だが、縦書きを途中から「トーゴパート」として横書きにし、本を180度反転させて読む「仕掛け本」「異国の地に足を踏み入れたときの不安や違和感、新鮮さ」を表現したという。

 

 中須氏の「攻め」の性格から「1万部は売りたい」と掲げられ、まだ知名度のない、ひとり出版社の初作品としては異例の初刷り3000部でスタート。著者と嶋田さんの二人三脚で積極的な直取引の売り込み、ネット書店、また弘正堂図書販売の取引を活用し、順調な動きを見せている。京都で人気のレティシア書房では店主から「京都発の作品を応援してあげたい」と言葉をかけられ、大きく展開されている。

 

書店「烽火ブックス」開業 個性的以上に「個性」を出す

 

「京都発を応援したい」とレティシア書房での展示(烽火書房提供)

 

 事務所は京町屋をリノベーション。近日中に書店としてもオープンを計画している。「同じ立場の『ひとり出版社』から出ている本や、まだ無名だけどぜひ推薦したい著者の作品を置きたい」と意気込む。

 

 独立に向けて、地元京都はもとより、東京などさまざまな「ひとり出版社」や独創的な書店を見て勉強したいという嶋田さんは「東京でなくローカルな地でもできるという手応えをつかめたと同時に、もう『個性的』の枠は埋まっている。それ以上に類を見ない作品をつくり、誰も見たことのない本屋にしなければ生き残っていくのは難しい」と目指す方向性を語る。

 

 最後に「社名の『烽火』には、情報が驚く速さで拡散する時代に『のろし』のようにゆっくりだけど必要な人にしっかり届けるメディアになろうという意味を込めた。ひとりならではの機動力を生かして、読む人、来店した人の生き方のヒントになるような本、店づくりをしていきたい」と語っていた

 

烽火書房

住所=京都市下京区小泉町100ー6/ 電話=090(5053)1275

 

『Go to Togo 一着の服を旅してつくる』=四六判224㌻/本体1500円