【連載①東翻西躁】香港から届いた「遺書」

2020年6月25日

香港の友人から送られてきたメール

 

香港立法会をスルーする「国家安全法」

 

 自由な香港の礎である「一国二制度」が、国家安全法の導入で葬られようとしている。植民地香港が租借から99年を経て、アヘン戦争から数えれば1世紀半ぶりに、英国から中国に返還されたのが1997年であった。50年間は社会主義制度を実施せず、これまでの資本主義制度を続けるという「一国二制度」と、香港人が香港を統治するという「港人治港」。この返還時の約束が、返還から23年で反故にされようとしている。

 

 香港返還が世界の注目を集め出した頃の1994年から、返還をまたいで4年余りTV局の香港支局にいた関係で、「東洋の真珠」といわれ輝いていたあの香港が事実上の死を宣告されようとしていることに、筆者はとても無関心ではいられない。5月、香港に国家安全法を導入する中国の意向が明らかになると、親しかった香港の友人K君が、久しぶりに左記のようなメールを送ってきた。

 

 これは、一種の遺書である。追い詰められた香港人がここにいる。察するに余りあるが、清々しさすら漂っている。

 

 今月にも施行される「香港国家安全法」は、はっきり言ってこれまでの法律、条令とは次元が違う。香港の憲法である「香港基本法」の例外規定という“奥の手”を使い、まず中国の議会(全国人民代表大会)で法律(香港国家安全法)を成立させ、これを香港の議会(立法会)を通さないまま香港で施行するという“離れ業”をやろうとしている。

 

 香港議会で一度も審議されることのない完全スルーの法律が香港市民を縛る。デモなど抗議行動は一切ご法度。9月に行われる立法会選挙で民主派は立候補すらできなくなる可能性が強い。これは一国二制度の死以外の何物でもない。

 

100万人以上の市民が流出か

 

 香港でテレビや新聞の天気予報を見ていると、きまってバンクーバーが登場する。カナダの首都でもないし最大の都市でもないのにナゼかと思うが、香港からの移民が人口の4分の1を占めていると知れば納得する。カナダをはじめ米国、オーストラリア、ニュージーランドなどの国々の天気が次々に紹介されるが、これらの国々には香港から移住した多数の人々が住んでいる。香港市民は天気予報を見ながら、かの地にいる肉親や知己に思いを馳せる。

 

 香港からの移民は以前からあったが、共産主義の中国への返還が近づくと言論の自由や経済活動が制限されるのを危惧して増え出し、返還直前には“駆け込み移民”の様相を呈した。この度の国家安全法制定に対する香港市民の恐怖は、香港返還当時の不安とは比べものにならない。国家安全法導入が明らかになった5月下旬から、移民斡旋業者への問い合わせが増え出した。

 

 旧宗主国、英国のジョンソン首相は、香港人口750万人の約40%に当たる285万人に対し、英国市民権を与える用意があると述べた。注目すべきは、容疑者の身柄を中国に引き渡せるようにする条例の改正をめぐり、大規模な反対デモが起きた香港から台湾への移民や留学生が急増したことである。

 

 移民と言っても、受け入れ国の方は資格を持つ専門職、たとえば医者、弁護士、会計士、教員、エコノミストなどを優先するし、300万香港ドル(4200万円)以上の投資をしてくれる人(投資移民)といった条件が付く場合もある。

 

 いずれにせよ、技術、知識、資金を持つ有能な人材を中心に100万人あるいはそれ以上の市民が香港を離れることが予想される。中国は香港人の抜けた穴を、海亀派と呼ばれる留学からの帰国組など高学歴者を送り込んで埋めようとするだろうが、香港が国際金融センターの地位を維持することは容易ではない。

 

高橋茂男(元日本テレビ北京支局長)

 


 

 1942年生まれ。東京外国語大学中国科卒業。日本テレビ放送網入社。北京支局、香港支局に併せて12年駐在。35か国、地域を取材。文化女子大学(今の文化学園大学)教授を務めた(メディア論、現代中国論)。

 

*コラムタイトルの「東翻西躁」とは、世界中が慌ただしく揺れ動いている様を形容した造語です