『2050年のメディア』の著者・下山進氏に聞く

2019年11月12日

慶応義塾大学総合政策学部特別招聘教授の下山進氏

 文藝春秋の元編集者で慶応義塾大学総合政策学部特別招聘教授の下山進氏が10月25日、『2050年のメディア』(文藝春秋)を上梓した。インターネットによってもたらされたこの20年のメディア大変革期を語るうえで、欠かすことのできない書だ。読売新聞、日本経済新聞、ヤフーを中心に実務を携わった人物の証言をもとに、新聞メディアはいかにデジタル化の大波に立ち向かったのかを描き出した。

 

 執筆の端緒は、2017年夏にある衝撃的な数字を目にしたことだ。「見間違えたと思った」。日本新聞協会のホームページのデータ欄を何気なく見ていると、この10年で新聞の総発行部数が約1000万部減っていることに気がついたのだ。

 

 1999年末に下山氏は、ロイター通信という新聞に記事を送っていた通信社がグローバルな通貨市場を形成する情報産業に変わっていった様を描いた『勝負の分かれ目』(講談社・角川文庫)を上梓している。そのあとがきに、日本の新聞・放送は、とりあえず安泰に見えるが、≪しかし、この変化の波(すでに70年代に日本の製造業は経験し、90年代に日本の金融業は経験している)は、やがてこうした太平の惰眠を貪り、旧来の方法を墨守している新聞や放送界にもやってくるだろう≫と書いていた。その変化の波はすでに日本の新聞を直撃していた。「自分の人生のある部分を懸けるに足るテーマ」として、同書の取材が始まった。

 

この20 年のメディア、大変革期の「大波」を描く

 

『2050年のメディア』

 新著『2050年のメディア』は、ここ20年のメディアを振り返るうえで必ず参照されるターニングポイントを、関係者の証言をつなぎ合わせ、その現場で何が起きたのかをドキュメントとしてつづったノンフィクションだ。

 

 読売・渡邊主筆の「このままでは読売はもたんぞ」発言の真意、当時は新興企業の一つに過ぎなかったヤフーに、なぜ読売新聞はニュースを流すことがやめられなかったのか。

 

 なぜ日経新聞は既存のデジタル事業で50億円も売り上げていたのに、それを中止して全く市場ニーズが読めなかった有料電子版に振り切ることができたのか。

 

 そして、鳴り物入りで始まった読売新聞、朝日新聞、日経新聞の共同ポータルサイト「あらたにす」はなぜ途絶してしまったのか。ヤフーはいかにして新聞社による包囲網を突破していったのか。各章末尾に証言者、取材協力者の実名を明示し、実務者の生の声を丁寧にすくい上げていることで、これまで表に出ることのなかったメディアの挑戦と、試行錯誤の歴史を浮かび上がらせた。

 

分水嶺の形がしだいに見えてきた

 

 同書のもう一つの軸は、新聞販売店だ。東京・北区で先代から引き継いだ新聞販売店主、副田義隆氏ら新聞の戸別配達を支える現場の苦悩、葛藤に耳を傾けた。

 

 下山氏は言う。「副田氏は、かつては生活保護を受けている人でも新聞をとることが必須だった時代があったと証言している。生きていくうえで、仕事を得るうえで、新聞が欠くべからざるライフラインだった時代が40年前にはあった。それがなぜここまで変わってしまったのか」。

 

 取材は、『勝負の分かれ目』を書いた1990年代後半と比べると、格段に難しくなっていた。「かつては現場の記者は自由に、話をしていた。しかし、コンプライアンスが厳しくなり、そもそも広報を通してでなければ取材に応じられない。広報も取材に応じさせない、という時代になっていた」。そこで、下山氏は出自である週刊誌記者時代の取材方法を50代になってとった。手紙を自宅にむけて書き、広報のしまっている土曜日に訪ねる。実際に「靴を一足履き潰すほど」歩き、なかには自宅に招き入れる人がいて、おぼろげだった2000年代半ばの分水嶺の形がしだいに見えてきた、という。

 

「歴史を掘り起こさないと歴史にならない」

 

 タイトルにある2050年の「メディア」は、どのようになっているのか。同書にその具体的な形は書かれてはいない。下山氏は「今後の技術革新のなかで、何が起きるか誰も予想はできない。唯一できるのは、過去の歴史を知ること。そしてその歴史は誰かが必死に調査し、掘り起こさないと歴史にはならない」と、その意図を語る。その前提のうえで、読売新聞は未来を子どもに、日本経済新聞は未来をデジタルに、ヤフーは未来をデータにかけていると記す。「今回のタイトルに込めた意味は、この本を土台にして、メディアに関わる人たちがそれぞれに未来を考えていくということだ」と強調する。

 

 初版8000部で発売。発売して2週間あまり経つが、現場のメディア関係者からの好意的な反応も出てきている。読売新聞東京本社から通りを1本隔てたところにある紀伊國屋書店大手町ビル店では、店頭に並んだ直後からどんどん売れているという。また、11月12日には、東京・千代田区の日本記者クラブで「著者と語る『2050年のメディア』」と題した講演も行われた。

 


 

下山進氏

 しもやま・すすむ 2018 年4 月より前期は慶應義塾大学SEC、後期は上智大学新聞学科で、「今後繁栄するメディアの条件」を探る講座『2050 年のメディア』を開講している。著書に『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善ライブラリー)、『勝負の分かれ目』(角川文庫)、最新刊は『2050 年のメディア』(文藝春秋、2019 年10 月25 日発売)。

 

 1986年、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、同年、文藝春秋入社し凄腕編集者として数々のヒット作、話題作を手がけた。一貫してノンフィクション畑を歩き、河北新報社『河北新報のいちばん長い日』、ケン・オーレッタ『グーグル秘録』、船橋洋一『カウントダウン・メルトダウン』、ジリアン・テット『サイロ・エフェクト』など国内外の優れたノンフィクションを編集者としても紹介した。19 年3 月、同社退社