宝島社 60代以上向けファッションムック『素敵なあの人』を月刊化 神下敬子編集長に聞く

2019年9月23日

『素敵なあの人』創刊号(宝島社)

 宝島社は季刊ムック『素敵なあの人の大人服』の販売好調を受け、9月14日発売号から月刊誌『素敵なあの人』としてスタートを切る。10月以降は毎月16日発売で、部数は10万部。

 

 2017年から刊行していた『素敵なあの人の大人服』は、「60代以上をターゲットにしたファッション誌」というこれまでになかったマーケットを開拓した。第一弾は発売3日で重版が決まり、5万部を突破。その後も高い実売率をキープし、現在までにシリーズ累計29万部超まで伸ばしている。今年6月に『大人のおしゃれ手帖』増刊号として刊行したムックも、約5万部の実売となった。

 

雑誌を通じた60代へのアプローチ戦略とは

 

神下敬子編集長

 新たに月刊誌となる『素敵なあの人』は、サブタイトル「年を重ねて似合うもの 60代からの大人の装い」とあるように、明確に60代以上の女性をメインターゲットに打ち出したファッション誌。

 

 神下敬子編集長によると、定番の人気企画は、よそ行きではなく普段の日常生活で着る服の着まわし術、加齢により足に悩みを抱える女性にむけた靴の選び方、すぐにファッションに取り入れられるバッグや小物類、そして加齢とともに気になるグレイヘア(白髪)対処法など。表紙メインモデルは俳優・岩城滉一氏の夫人で、60歳を期に活動を再開した結城アンナさんを起用している。


 同誌の神下敬子編集長にこれまでの歩みと、雑誌を通じた60代へのアプローチ戦略について聞いた。

 

【PR】第15回文化通信フォーラム(10月29日火曜日16時~18時)

 宝島社の新たな挑戦ー「素敵なあの人」創刊にみるシニア市場への参入とその勝算ー

 


 

60代はファッション文化をけん引した存在

 

 「60代以上の女性向けのファッション誌」という構想が浮かんだのは神下編集長が同社ムック局に在籍していたときにさかのぼる。当時担当していたムックは1年に30冊近く。自分が得意なジャンルのファッションやビューティーだけでなく、健康や家族が亡くなったときの手続きを解説したものなど幅広く手掛けていた。


 そのなかで、同社のライフスタイル誌『リンネル』を冠した50~60代に向けたムック「美しく暮らす大人のインテリア」をつくっていたときに、シニアに対するイメージががらりと変わったという。


 「シニアといえば巣鴨のとげぬき地蔵や、歌手の氷川きよしのコンサートに行くとかそれくらいのイメージだったが、インテリアだけでなく本人がとても素敵だった。今の60代は、青春時代に『anan』や『nonno』のファッション誌が創刊された時期で、若者文化をけん引していた。今でもセンスのいいものを求めている傾向がある。でも、60代になった途端にオシャレの手本にするファッション誌がなかった」。


 そこで通常のムック制作をこなしながら、2017年11月に『素敵なあの人の大人服』を刊行。先例のないジャンルだったが、事前に思い描いていた読者から大きな反響を呼び、すぐに重版を決定。これらの反響は、いずれは60代女性誌を創刊したいと以前から考えていた同社にとって、大きなきっかけとなった。


 その後もムックとして刊行を続け表紙の見せ方や、掲載するアイテムを少しずつ変え試行錯誤。4号目には同社の「看板」でもある付録に、自社ライセンス事業で展開する「キッピス」のハンドバッグをつけ定期雑誌候補としての弾みをつけた。


 月刊化の可能性がより見えてきたときに、ファッションだけでなく美容、ライフスタイルをカバーする総合誌の意味をこめて誌名も『素敵なあの人』に変更することに決めた。

 

企画はネットではなく足を使って探す

 

 神下編集長によると、60代は「世帯年収が高いところでキープしている方が多く、まだ年金もしっかりもらえている。それもあって消費行動は活発」。自由に使えるお金の余裕があり、ファッションやトレンドに関心が高い層として市場潜在力が大きくあるようだ。一方で、情報取得についてはアナログで読者のほとんどはSNSを使いこなせるレベルではないという。


 ゆえに、彼らが求めている情報をネット上で探すことは難しい。だから特集の立て方も「旧来の雑誌づくりのように、足を使って探すしかない」。定期的に「お茶会」と称して編集部と対象読者が集まる場を設け、どんなオシャレをしたいか、悩みはないか、美容に関してどんな商品がほしいかなどを根掘り葉掘り聞くという。


 また、編集長みずから読者がいそうな場所に赴き、直接婦人に声をかけて「お茶会」に誘うなど地道な作業を繰り返している。


「口コミ」効果は抜群

 

 情報拡散で大きな力を発揮するのは昔ながらの「口コミ」だ。「彼女らは連絡でメールやLINEを使うが、インターネットで自分の情報をゼロから探すことはほとんどしていない。彼らが得る情報はテレビ、ラジオ、新聞。カタログショッピングはやるが、ネットショッピングはやらない。情報取得の選択肢がものすごく少ないから、誰かが『これいいな』と思うと広がる確率がとても高い」。


 実際に、読者から「自分の周りにいる5人は(掲載されているアイテムを)買った」という反応もあったという。『素敵なあの人の大人服』に掲載された商品をみて実店舗に足を運ぶ、問い合わせ先に電話をする、売り切れていると編集部に電話がある。ネット世代とは全く逆の行動パターンが、上手く循環しているようだ。

 

神下編集長「若く見える必要はない」

 

 昨今、年齢相応よりも若くありたい、周りからそう見えたいと健康増進に努める「アンチエイジング」も盛んに行われているが、神下編集長の考え方は全く逆だ。「アンチエイジングではなく、自然体でいい。若く見える必要はないのでは。博報堂『新しい大人文化研究所』によると、相応の女性が言われてうれしい言葉は『若く見える』ではなく、『自然体で素敵』だそうだ。結城アンナさんも、アンチエイジングではなく『ポジティブエイジング』と言っている」。


 月刊化にあたり新たな連載企画として「全国ギャラリーガイド」を始める。「ギャラリーは雑貨や陶芸などを展示販売する場だが、素敵な人が集まりセンスを磨く場」というように、ファッションとも親和性が高い。


 一般読者の着こなし実例集も、1人つき4㌻にわたって紹介していく。同社雑誌の定番の付録についても、他メーカーとの共同制作だけでなく、同誌編集部のオリジナルブランド商品も開発していく予定。


 神下編集長は「60代はアクティブシニアという言葉がある。まだまだ現役世代ということを、皆が共通認識として持てる社会になれば」と話している。

 


 

 神下敬子(かみした けいこ)

 

 商社のアパレル担当、外資系ファンドのコンプライアンスを経験した後、ライター業を開始。ビューティやファッション関連本などさまざまな媒体に携わる。

 

 実用書編集部員を経て2016年宝島社入社。ムック局に所属し、ファッション、インテリア、家事、健康などさまざまな本を手がける。