【書店員の目 図書館員の目】青蛙房と八木書店(菊池壮一)/文化通信8月12日付

2019年8月21日

 青蛙房(せいあぼう)という出版社をご存知だろうか。1955年、劇作家・岡本綺堂の子(養子)岡本経一によって創業され、江戸や明治の民俗・風俗や落語ものを得意とした版元で、私は、二代目の岡本修一さんとは随分と親しくさせていただいた。

 

 浅草のど真中にあるROX(ロックス)ビルの中に、リブロ浅草店という300坪ほどの店があるのだが、そこを改装して「浅草・江戸・下町」コーナーを強化した時も、岡本さんにお世話になった。

 

 青蛙房の倉庫の底ざらいをさせてもらい、稼動在庫はもちろん、絶版扱いになっている稀少本も掘り出してオープニングフェアの目玉としたのである。ちょうど第何次かの江戸・下町ブームが漂いはじめた頃だったので、驚くほど売れたのを覚えている。

 

 「浅草・江戸・下町」コーナーはその後も、「江戸ものを探す時は、リブロ浅草で」と言われるまでに成長し、岡本さんも「絶版になりそうなものは全部リブロに入れるから」と言ってくださって、多少の変遷はあるものの、いまだに浅草店のウリのコーナーであり続けている。

 

 そんな岡本さんだったが、昨年ガンで亡くなってしまった。

 

 「粋でいい本を出している版元」であったから、彼が病に倒れ後継者がいないとわかった時、「何とか存続させよう」と立ち上がった人も多かったと聞くが、岡本さんは自分の代で事業を打ち切ることを選択してしまう。私は慌てた。

 

 日比谷図書館の伝統を継承し、江戸城(皇居)至近の図書館である日比谷図書文化館としては、一冊でも多く青蛙房の本を確保しておきたい。電話をかけてみたが、つながることはなかった。

 

 そこで立ち上がってくれたのが神保町の八木書店である。八木書店は、1934年に雑誌『日本古書通信』を発行する事業に着手し創業。その後古書販売や学術書の出版も手がけ、現在では新刊取次、バーゲンブックの買い付けと卸などにも事業を広げている、本の総合商社のような会社である。その八木書店が、青蛙房の在庫をすべて買い取ってくれたのだ。

 

 私は、その話を聞いてすぐ連絡を入れて「日比谷にないものはすべて発注するので早急に商品リストを作ってほしい」と申し入れ、発注。7月からポツポツと注文したものが入り始めている。

 

 岡本さんの決断は残念な気もするが、今のご時勢を考えると後継者に迷惑をかけないという賢明な判断だったのかもしれない。

 

 しかし、青蛙房の出版物は後世に残すべきものが少なくないのも事実である。

 

 今の出版不況はこういう出版社を追い込むだけでなく、結果的には、せっかくこれまで蓄えてきた文化や伝統といったものを分断し、消滅させてしまうのだということを身にしみて感じさせてもらった。

 

 私は、図書館、特に公共図書館がこのような時、可能な限り該当する書籍を買い支えなければならないだろうと考え行動させてもらったが、書店・取次も同様だと思う。

 

 かつてリブロは、筑摩書房や理論社が経営危機に陥った時、いち早く駆けつけて商品を確保し、「がんばれ!〇〇出版」的なブックフェアを開催して応援したものだ(筑摩書房、理論社はその後経営を立て直している)。

 

 今回は清算してしまった会社なので、「救う」までは行かないが、心ある図書館、書店の皆さん、欠本調査やブックフェアを行ってみてはいかがだろうか。八木書店は、将来古本価値が上がるであろう書籍を低価格で提供してくれている。数に限りがあるので、早い対応をお勧めする。

(菊池壮一 日比谷図書館文化館・元リブロ)